カルテ160 新月の夜の邂逅(後編) その4
「あ、危ないですよ、フシジンレオさん! あの二人の力は、間違いなくユーパン大陸でもトップクラスです!」
「おい発情雄猫! 弓矢で大事なものを射抜かれたくなかったら、すぐ戻ってこい!」
地上の仲間たちが必死に声をかけるも、いきなりのボインに目のくらんだヒヒ爺ことマンティコアは一切聞く耳持たず、大きく怒張した長いもの……つまり尻尾をピンと立てて、「皆、どっかすっこんどれ!」と雄々しく吠えた。
「あやつ、いったい何を考えているんだ?」
「やばい、尻尾の毒針を発射するつもりだ! 僕たちまで死んじゃうぞ!」
シグマートが顔色を失い、その場にへなへなと倒れこみそうになる。
「少年、何をしている!? すぐに建物の中に戻るぞ!」
「あらあら、せっかく出てきたっていうのに……」
ミラドールはクロスボウを放り出すと、シグマートとイレッサの襟首をむんずと引っ掴み、敵に追われる獣のように素早く、先ほどの地震でやや崩れかけた石造りの苔むした館の中へと飛び込んだ。ほぼ同時に、オークのこん棒のように太いフシジンレオの尾の先端から、殺気を帯びた無数の鋭い針が360度全方向に向かって勢いよく射出された。
「おおっ、一時はどうなることかと思ったけれど、ひょっとしたらこれはいけるんじゃないですか?」
壁の隙間からこっそり外の様子を覗いたシグマートが、早くも調子を取り戻す。
「どうだろう……ここまで我々を翻弄したあやつらが、畑の案山子のように何もせず無策のままだとは思えないが……」
同じく玄関の柱の後ろにへばりついて様子を伺っているミラドールが、心配そうにつぶやいた。
ちょうどその頃岩山の上の二人組も、魔獣の異変に気づいていた。
「学院長様、ここは私にお任せください。あのような愚かな獣の攻撃など、簡単に防いで見せましょう」
愚かな獣をハッスルさせている巨乳の黒装束ことクラリスが懐に手を忍び込ませると、銀仮面は片手でそれを制した。
「よい、クラリス。お前は護符を使い過ぎた。そこで見ているがよい」
グラマリール学院長は鷹揚に答えながら、腐敗した死体のような汚い焦げ茶色とも、澱んだ沼のような濃い緑色とも、なんとも形容のつかない色の護符を一枚どこからともなく取り出した。
「トロペロン!」
破れ鐘のような濁った詠唱と共に、彼の黒手袋を嵌めた手に持つドブ川の色の札から、無数の小さな生物が、まるで黒雲のごとく湧き出し、辺りを覆っていった。その黒雲とは、棒のように細長い身体で、全体的に暗い緑色をしており、茶色と白色のまだら模様の羽根を羽ばたかせるバッタの大群だった。
バッタの大発生は、数十年に一度の割合でユーパン大陸のあちこちで発生し、畑の作物はおろか、周囲の草や木を根こそぎ食べつくす大災害として恐れられていた。中には肉食性のものもおり、餌のない時は共食いまでする獰猛さだ。大規模な飢饉に襲われるため、各国の為政者は対策に頭を悩ませるも、なかなか上手くいかず、中にはそれが遠因で滅んだ国もあるという。餓えた狼よりも貪欲な、なんでも食い尽くす虫ケラどもは、仲間に突き刺さった毒針にすら食らいつき、更にはその発射元である赤毛の獅子に襲い掛かっていった。
「うがあ、ま、前が見えんぞ! なんじゃこの羽虫どもは!?」
フシジンレオはまとわりつくバッタを追い払おうと全身を震わせ、牙を剥き、爪を突き立てようとするも何一つ効果なく、たちまちのうちに黒々とした巨大な蚊柱のごとき姿に変わり果てた。
「フシジンレオさん!」
なすすべなく絶叫する少年たちの潜む建物の方にも、悪魔のごとき害虫の軍隊は矛先を向けつつあった。
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