カルテ123 新月の夜の邂逅(中編) その6

 紺碧の空を、鱗の形をした雲が凄い速さで流れ去っていった。本日は文句のつけどころがないくらいの快晴で、まさに戦日和だ。


 グルファスト王国、ザイザル共和国、ミカルディス公国、オメガシン教国、そしてジャヌビア王国の、エビリファイ連合を代表する五大国の連合軍が、グルファスト高原に勢ぞろいしている様は、圧巻の一言であった。緑なす大地を見渡す限りの人馬の群れが埋め尽くし、色とりどりの軍旗が祭りの幟のごとくあちこちで秋風にはためいている。


 ちなみにミカルディス公国とは、グルファスト王国の東に隣接し、ガウトニル山脈を北端とする国であり、はるか昔にグルファスト王家から分かれたといわれる。グルファスト王国同様インヴェガ帝国と国境を接する立地条件から、軍の士気も異常に高い。


 また、緑の軍衣で統一されているオメガシン教国の兵士たちは、宗教的信念のためか、一糸乱れぬ整然としたその姿は他の軍を圧している。世界を創造した神の一柱にして最高神のオメガシンの教えを国教とする国であり、位置的にはザイザル共和国の東になる。万事秘密主義の国であるが、こういう緊急時は惜しげも無く力を貸してくれる、ありがたい存在でもある。


 そしてやや小軍勢のジャヌビア王国は、ユーパン大陸の南端に存在する関係か、インヴェガ帝国との直接的な因縁はあまりないのだが、勇猛果敢な戦士を有し、他では見たこともない変わった武器を装備している。


 こうして各地から集まった軍隊は、各々民族的な特徴を持っており、目に痛いほど色彩豊かであった。様々な形の天幕も方々に張られ、厳重に急ごしらえの木の柵で囲まれていた。


 その中に一つ、明らかに他と一線を画す、帝王が用いるような壮麗な天幕が、一段高いところから辺りを睥睨していた。その中から、黒いローブと緑色の羽をつけた帽子を身にまとった少年が姿を現わすと、周囲の興奮はいや増し、湧き返るような大歓声で出迎えられた。


「護符師の王、シグマート・オーラップ殿下の御成りだ!」


「あのお方が、かの伝説の魔女ビ・シフロールも、符学院のグラマリール学院長も凌ぐと言われる魔力の持ち主か!」


「これで我らの勝利、間違いなし!」


「憎いインヴェガの糞野郎どもを完膚なきまでに叩きのめしてやってください!」


「邪悪なインヴェガ皇帝のヴァルデケンに死を!」


 少年は鷹揚に左手を上げて彼らの声援に応えると、右手に持った黄金の杖をしっかりと握り直し、何万とも何十万とも知れぬ全軍に響き渡るほどの声を、朗々と発した。


「皆の者、ユーパン全土から、今日この時よくぞ決戦の地に集ってくれた。エビリファイ連合の盟主として深く礼を言う。国や種族の垣根を超え、これほどの戦士や護符師達が参加してくれたのは、我輩としても望外の喜びである。今こそ我らが領土を蹂躙する永遠の怨敵インヴェガ帝国の走狗どもを蹴散らし、ガウトニルの山向こうに逃げ帰らせる時が来たのだ!」


 ここで彼は一旦言葉を止め、大きく息を吸って前に目を見張った。戦場の荒くれ男たちが、しわぶき一つ立てず、緊張して自分の話に一心に耳を傾けている様子は、とてつもない快楽だった。


「まず手始めに、僕が……じゃなかった、我輩が、伝説の蝕の護符で、現在頭上に燦々と輝く太陽を消し去って、突然の暗闇に怯えるインヴェガの奴らに極大攻撃魔法を仕掛ける! 貴殿たちはその後に突撃し、燎原の火のごとく、全てを蹂躙せよ!」


「おーっ!」


 怒涛のごとき兵士たちの雄叫びがまだ鳴り止まぬうちに、シグマートは懐からサッと暗赤色の札を取り出し、「ザファテック!」と声高に詠唱した。

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