カルテ30 山荘と冬の護符と亡霊騎士 その6
「お、お嬢さんも亡霊騎士を見たのか!?」
詰め寄らんばかりの男爵の迫力にちょっと怯えながらも、ルセフィは、「ええ、はっきりと」と話し始めた。
「先ほど廊下でご婦人のものらしき悲鳴が聞こえたので、私は部屋で目覚めました。同じベッドで寝ていた父は寝ぼけ眼だったため、とりあえず私だけ部屋を抜け出したのですが、廊下に出た途端、騎士の兜が空中を飛び回り、スーッと宝物庫の前の壁に消えていく姿を目撃してしまい、お恥ずかしながら大声を出してしまったのです。その後のことは覚えておりません」
「つ、妻の話と同じだ……」
恐怖に怯える男爵は、手に汗をかきながらも、周囲の人々にコンスタン夫人と一緒に幽霊談を話した。
「そんな馬鹿な……亡霊騎士など単なる噂に過ぎません。小生はこの館の管理を何十年も任されておりますが、その間一度も目にしたことなどございません」
一番の年長者である執事が、厳しい顔つきで即座に否定する。
「でも、吸血鬼などの化け物が現実に存在するんだから、亡霊騎士ぐらい出たっておかしくありませんよ!」
読書家の少年は、ちょっとばかり夢見るような目つきをしながら反論を唱える。
「現実的に考えるなら、誰かの悪戯かもしれませんよ……」
いつもは冷静沈着を絵に描いたようなメイドが、心なしか震えていたので、不謹慎とは思ったが、男爵はつい吹き出しそうになった。実は彼女は、怪談噺が大の苦手だったのだ。だが、おかげで、館の主人たる自分がしっかりせねばならないという責任感が復活し、手汗も嘘のように引いていった。どうやら精神状態は身体症状にまで作用するらしい。
「確かにフィズリンの言うことも最もだ。まず、この辺りをよく調べ、偽の亡霊騎士を捕まえるか、もしくは正体を暴いてやろう。いいな?」
「「はい!」」
召使いたちはすぐさま仕事モードに移行し、深夜の館の探索が開始された。
宝物庫の扉には、この前の侵入騒ぎを踏まえ、あれから鎖と錠前までが新たに設置されており、男爵はまずその鍵を開け、苦心して鎖を外した。
「パントール!」
先日と同じく男爵の詠唱により、宝物庫の魔法錠は解除され、ようやく扉は開いた。男爵と少年はすかさず中に入り、調査を行った。
「特に盗まれたものはないようだが……んっ!?」
ランプを片手に室内を見回していた男爵だったが、例の赤竜騎士団団長の形見の品に視線を向けた途端、目を見開いた。頭部をくまなく覆い隠す鋼の兜が、ゴロンと床に転がり落ちていたのだ。
「やはり誰かがこれを持ち出して悪戯したのか?」
「いえ、ひょっとすると、兜に亡霊が乗り移って館の中を飛び回り、ここまで戻ってきて、力尽きたのかも……」
夢見るオカルト大好き少年が、恐る恐る意見を述べる。
「う〜む、そんな話は急には信じ難いが……」
実際にコウモリのごとく飛行しているのを二人も目にしているのだから、セイブルも完全にその説を打ち消すことはためらわれた。現に超強力な魔法の護符があるのだし、すべての可能性を当たってみなければならないだろう。
「でも、この前と違って、セイブルおじさんが管理している鍵まで外すのは、さすがに不可能だと思いますよ」
「確かに君が言うことも至極もっともだが、実はこの宝物庫には、もう一箇所秘密の出入り口があるのだ。廊下の壁の微かな窪みを押せば、クルッと回って中に入ることができる。これだと苦労せず、こっそり侵入することが可能だ。秘中の秘だがな」
「ええっ!?」
思わず少年は驚愕の声を上げた。
「緊急事態にすぐ中のものを移動させたり、この前のように中に不届き者が忍び込んだ時に背後から捕まえられるように、代々当主だけに伝えられているのだよ」
「ほ、他にもそれを知っている人はいるんですか?」
「実はわしは結構口が軽くてな、妻にはこっそり教えてある。あとは……エバミール子爵だけだ」
「はぁ……」
会話を交わしながら、男爵は、子爵がこの騒ぎの中全く姿を現さないという事実にふととらわれ、胸中に疑心暗鬼を生じるのを止められなかった。
「ご主人様、誠に申し訳ありませんが、こちらに来てください」
壁の向こうから、執事の声が響いてくる。二人は話を中断し、顔を見合わせると、即座にその場を離れて室外へと向かった。
「どうしたんだ、一体」
男爵は、再び廊下に集結した一同を視認すると、自分を呼んだダオニールに用件を尋ねた。
「それが、エバミール子爵にお話を聞こうと思いまして、ドアをノックするも、鍵を開けてくださらないのです」
「鍵ならお嬢さんが持っているのでは?」
「それが、私は急いで飛び出してきたので、うっかり中に置いてきてしまったのです」
やや生気を取り戻したルセフィが、うつむきながらつぶやく。
「そうか……確か鍵の写しはわしの部屋にあったよな?」
「はい、ご主人様の許可さえあれば、持ってきますが、如何致しましょう?」
彫像のように立つダオニールが指示を待つ。客室の鍵のコピーは念のため男爵が自室に保管しており、用のある時だけ、使用人などに貸し出していた。
ちなみにレルバックの部屋は、現在誰も使っていないので、始終開きっぱなしである。彼の部屋も一応先ほど皆で探索したが、符学院で使用していた黒のローブや私服、および本や食器などの遺品が散らかっているだけで、怪しい者の姿は欠片もなかった。
「まだ熟睡されているのかもしれんが、緊急事態だ。すまんが起きていただこう。よろしいかな、お嬢さん?」
「はい……」
だがその時、室内から微量に異臭が漂ってくるのを嗅覚に優れた老執事のみはそれとなく感じていたが、気のせいだろうと思い、特に騒ぎ立てなかった。
血の、臭いを……。
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