カルテ257 エターナル・エンペラー(前編) その2
「グバアアアアアッ!」
「きゃあ、な、何よ!?」
突如近くの暗がりから中年男らしき者が両腕を突き出し襲いかかってきたため、不意を突かれたフィズリンは恐怖の悲鳴を上げた。口をあんぐりと開けた鬼気迫る表情の男はなんと顔の左半分がドロドロに崩れており、側頭部は頭蓋骨まで一部露出していた。
「危ない!」
「ゲボオッ!」
男の汚らしい手があわや彼女の肩を掴みそうになった時、凄まじい速度の蹴りが男の腹部にヒットした。人狼化していたダオニールが必殺のミドルキックをお見舞いしたのだ。腐りかけた男は口から緑色の吐瀉物を撒き散らしながら、仰向けにどうとばかりに倒れた。淡い光に包まれた洞窟の中で、石の床に散らばった汚物が月夜の水溜りのように光る様がなんとも不気味だった。
「無事でしたか、フィズリンさん!?」
「は、はい! ありがとうございます、ダオニールさん。しかし何なんですかこいつは……?」
「こ……これはひょっとしてゾンビ!?」
背後から、まだ床でうごめいている男をひょいと覗き込んだテレミンが、驚愕の声を発し、双眸を見開く。
「ゾンビとは何者ですか、テレミンさん!? この前の山荘の亡霊騎士みたいなものですか!? つまりおおおおおおおばけなんですかあああああああ!?」
この手の忌まわしい存在が相変わらず黒い害虫よりも苦手なフィズリンが絶叫しながらテレミンの細い肩をぶんぶん揺さぶる。
「あががががやややめてくださいフィズリンさん! まあ確かに、あの世に行けない死者が起き上がって動いているという意味においては亡霊騎士もゾンビも同じですが、骨の身体が鎧をまとっていた前者と違って、腐りながらも肉の身体を未だに持っているのが後者です。そういえば、あの晩白亜の建物のお医者さんに亡霊騎士の伝説について話した時、『そりゃちょっとゾンビに似てますねー。因みに僕らの世界じゃハロウィンって死者のお祭りに、なぜか看護師のゾンビのコスプレ……つまりは仮装をするのがいつの間にやらド定番になってますが、あれって看護師帽を必ずと言っていいほど被ってるんですよねー。現在じゃ医療現場から消えて久しいっていうのに……』ってわけのわからないことを言ってましたが……」
「その話は今はいいですから、どうすれば此奴らは動かなくなるんですか?」
いつの間にか洞窟の奥から出現し、ワラワラと数を増しつつあるゾンビたちを前に身構えながら、ダオニールが会話に割って入る。先ほどの男ゾンビもゆっくりと起き上がり、恐怖の包囲網に加わろうとしていた。
「ええと、ちょっと待ってください。確か……」
「テテテテテレミンさん早くううううううう!」
「服の裾を引っ張らないで、フィズリンさん! 記憶を検索している最中なので邪魔しないでください!」
混乱に陥った一行は、何故こんな羽目になったのだろうと、つい一時間ほど前の「出会い」のことを思い出していた。
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