カルテ248 伝説の魔女と辛子の魔竜(後編) その29
「すいませんねえ、時々宇宙暴走族ボーゾックみたいに暴走してしまうもんでして……」
ようやく正気に戻った(らしい)本多は、お茶のペットボトルを一口含むとエナデールにも勧めてきたが、彼女は丁寧に辞退した。
「ま、あなたが理性を失くした怪物なんかじゃないってことは、この数時間一緒に働いただけでもよくわかりましたしね。ピートル君を助けたいがために、マスタードガスの秘密を知りたくて、僕に全てを洗いざらい打ち明けてくれたんでしょう?」
「……えっ?」
今度はエナデールが椅子から身体を浮き上がらせる番だった。奇矯な医師は知らぬことなど何もないと謳われる伝説の魔獣・スフィンクスの笑みを口元に浮かべながら、抜けた彼女の髪の毛を弄んでいた。
「いやー、何もそんなに驚く必要はないですよ。これくらいのことは、あなたのピートル君に対する態度を観察しているだけで想像出来ましたから。それにあなた自身が噂のドラゴンさんじゃないかって、僕は薄々気が付いていましたよ」
「……!」
元魔竜は驚愕のあまり言葉も出ない。
「だから、びっくりしなくてもいーじゃないですかー。まあ、今後村人と暮らすなら、もうちょっと用心した方がいいと、老婆心から忠告しちゃいますけどね」
「……でも、そんな、どこで……?」
しどろともどろがチークダンス状態のエナデールは、金魚みたいにやたら口をパクパクさせるだけで、脳の処理が追い付かない。
「なーに、簡単なことですよー。あなた、患者の治療に最初からやけに協力的だったし、マスタードガスの説明の時、一人だけやけに青ざめていましたし、種明かしをしちゃうと、僕は以前あなたのお師匠さんに会ったことがあるからなんですよー」
「……それは確かに魔女様から伺いましたが……」
師匠が、自分は白亜の建物に遭遇したことがあるため、早くこの地を去らなければとやや焦り気味だったのは印象深く記憶に刻まれている。
「そのとき、ビ・シフロールさん……あの頃はルナベル・エバミールって名前でしたが、僕が診察しながら、『それだけ護符作りがお得意なら、お弟子さんも多いでしょう?』って聞いたんですよ。そしたら、『いいえ、私は他人を教育するのは不得手ですし、そもそもそんな時間があるくらいならもっと護符の作成を極めたいので、弟子を取るつもりは毛頭ありません』ってにべもしゃしゃりもなかったんですよ。でも、直後に、『ですが、伝説級の魔獣とかなら、興味深いので弟子入りを許すかもしれませんね』って冗談交じりで言われたんですよ」
「……な、なるほど」
あっけらかんとした本多の種明かしを聞いて、エナデールはやや拍子抜けしてしまったが、一つだけ気になる点があり、つい口を吐いた。
「……じゃあ、先ほど先生がローガンさんに押しつぶされそうになっていた時、『マ、マスタードガスがこの世界にあるのなら……』っておっしゃったのは……」
「ご明察―っ! あなたが引っかかってくれるかどうか、わざと餌を垂らしたんですよー。見事釣り上げましたけどね。すいませんねー、天下無敵のドラゴンさんをフィッシングしちゃって。ドラゴンフィッシュは中南米の汽水域に住む熱帯魚! 昇竜拳!」
まんまと獲物が罠にかかって絶好調の医師は、拳を天井に向かって突き上げた、何やらガッツポーズめいた格好をした。
「……はぁ」
なんだか詐欺師に騙された状況みたいだと思ったエナデールだったが、不思議と腹は立たなかった。むしろ胸の中が湯たんぽにも似たポカポカとした温かい気持ちでいっぱいだった。
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