カルテ247 伝説の魔女と辛子の魔竜(後編) その28
「……以上が私の嘘偽りない真実です」
エナデール、否、真の名を詳らかにした黒衣の女性は、哀切極まりない過去を話し終えると、ふぅっと小さく息を吐き、長い睫毛を伏せた。とても真正面の本多の表情を窺う勇気がなかった。
二人は白亜の建物、つまり本多医院の診察室で向かい合って座り、対話していた。といっても、エナデールが一方的に喋っていただけだが。インヴェガ帝国の貴族の家に生まれ、愛する妹の不始末に連座して銀竜に姿を変えられ、脱走後ポノテオ村を襲って無辜の村人たちを虐殺し、伝説の魔女に調伏されて彼女に師事し、そして今、この場で生き恥をさらしているという物語を。
鉛のように重苦しい沈黙が部屋に垂れ込め、彼女はまるで生きた心地がしなかった。狭い室内が、あたかもライドラース神殿にあると伝え聞く、信者が罪を懺悔する告解部屋と化したかのようだった。
(……正直、この場で人殺しと面罵され、命を奪われたって文句は言えない。でも、あの子の母親を無残にも生きたまま食い殺した自分が少しでも彼の役に立てるのならば……)
死刑執行直前の罪人のように顔を項垂れつつも、ただそれだけを願って、エナデールは全身を苛む恥辱に耐えた。一方本多はといえば、診察室に備え付けのティッシュペーパーで、物証のために彼女が差し出した一本の黒髪を、無言のまま眠たげな眼付きで擦っていた。しかし一筋の流星のごとき白銀の下地が徐々に明らかになると、瞬時にシャキンと覚醒した様子で身を乗り出した。
「おおう、マーベラス! トレビアーン! ということは、あなたは正真正銘の体内で毒を生成する魔竜さんなんですね! ドラゴンこそ男子の永遠のあこがれ! 修学旅行の定番のお土産キーホルダー! 僕も若輩の頃はギャルゲーのドラゴンナイトにはまっちゃって、ドラゴン内藤なんてふざけたPNで数多の雑誌に投稿していたソルジャーだったんですが……おっとすいませんね、つい夢見た伝説の存在に出会って大興奮してしまいました。廬山昇龍覇! 月刊五老峰!」
「……あの先生、おっしゃっていることは何一つ理解できませんが、私が怖くないんですか? 人殺しの化け物なのに……」
あっけに取られながらも、そういえば何だか似たような質問を魔女ビ・シフロールにもしたな、とエナデールは軽い既視感に襲われた。
「いやー、そんなもん一々怖がっていたら、こんな商売できませんよ、お嬢ちゃん! 僕の世界だって893だろーが薬中だろーが人殺しだろーが何でもござれですからね。もっとも医院内では暴力沙汰などの揉め事はご法度ですけど。ちなみに僕が今まで一番命の危険を覚えたのは、勤務医時代の当直中に、ナースセンターで看護師が様子見ていた車椅子に乗った認知症の爺様が、突如壁に掛けてあった医療廃棄物を入れる缶の蓋を叩いて閉めるためのハンマーを掴んで手当たり次第に破壊活動を開始した時でしたっけ。
応援に駆け付けた寝起きの僕を、硫斬鎚アルタミラを装備した爺様が、『狩らねばこっちがやられるんじゃー!』と絶叫しながら僕をスタンさせようと車椅子を華麗に駆使しながら病棟中を古代ローマのチャリオットさながら追い駆け回る様は、お見せしたいくらいでしたよ。これってうっかり反撃しても絶対正当防衛にならないよなあ、なんて嘆息しながら看護師チームと二手に分かれて荒れ狂う狩人を挟撃し、何とか後ろから忍び寄った僕が老爺の隙をついてハンマーをむしり取った時は、生きてるってそれだけで素晴らしいなあ、なんて柄にもなく感動しちゃいましたが……ううっ」
忌まわしい過去のフラッシュバックに襲われたのか、モジャモジャ頭を押さえて本多が呻き出したので、エナデールは、「……とりあえず話を元に戻してください、先生」とセレネースの代理を務めた。
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