カルテ246 伝説の魔女と辛子の魔竜(後編) その27

「……これはいわゆる特殊護符と呼ばれる種類の護符で、文字通り通常の物とは異なる、極めて貴重な代物です。ちなみにこれ自体は入魂の護符という名で、魂のないただの物質に命を吹き込み、その物質に準じた人の形に変化させ、人間同様に思考したり行動したり出来るようにするものです。もっとも一般人よりはいささか肉体強化されていますけれどもね」


 日の光もささぬ暗黒の洞窟内を七色に照らし出しながら、女性でも見とれるほどの見事な肉体を惜しげもなく衆目に曝しつつ、エナデールは淡々と説明した。


「かすかに聞きかじったことはあったわ。理論上はそんな古の神々のような力を秘めた護符が作れないこともないって……確か符学院のグラマリール院長が長年研究しているって噂もあったけれど、未だに成功したとは寡聞にして知らないわ。いったいこれを、誰が、どうやって……」


 エリザスは天才画家の描いた名作を前にした絵描き志望の少年のように、ただただ感動に打ち震えていた。こんな辺境の地の地底の奥深くで、護符師の王たる者にさえ実現不可能な破格の宝物を目にするなんて、思いもよらなかったのだ。だが、エナデールが親から生まれた生命ではなく、偽りの存在なのだとしたら、魔眼で石化しなかったのも理解できる。


「に、人間じゃないだと!? 信じられん……そんな話神話ぐらいでしか聞いたこと無いぜ」


「どこからどう見ても人間のおなごそっくりなんじゃがのう……もし本当なら、飯とか便所とかはどうなっとるんじゃ?」


「そんな下世話なことはどうでもいいニャ、この糞ドワーフ! てか、あんたの正体はいったい何なのニャ!?」


「いやいや、サーガにリアリティを持たせるためには結構重要なことだぞ、ランダ」


「だからサーガはダメだって言われたでしょうが! 大体う〇こするサーガなんて聞いたこと無いわ!答えてくれるわけないでしょ!」


 エリザスのショックにもかかわらず、仲間たちは通常営業状態でかまびすしかったので、彼女もつられてついつい突っ込んでしまった。


「……この身体は食事や排泄は特に必要としません。ついでに申し上げれば、眠ることもしません。一晩中立って過ごせますよ、タンスの中などで」


「ええっ!?」


 思いもかけず答えがすぐ返ってきたので、エリザスは全裸の女性を二度見した。


「マ、マジで答えなくっていいニャ! っていうか、タンスってどういうことニャ!?」


「ああ、だからあの寝室のタンスはやけにデカかったのか」


 ダイフェンがポンと手を打ち鳴らす。つまりあの、古代の王の棺ほどのサイズもある特大タンスは彼女の寝床でもあったのだ、とエリザスは得心した。しかしなぜタンスの中なんぞで夜間過ごす必要があったのだろう? まだまだ腑に落ちないことばかりだ。


(まてよ、エナデールという名は、確か……)


 ついに彼女の脳内の記憶の片づけ係が、隅っこの方で何かを発見した。


「……そして私の正体についてですが……もう皆様に全てを打ち明けてもよろしいですか、エミレース様?」


「ええ、かまいませんよ、エナデール」


 漆黒の闇に月のごとくきらめく銀の魔獣は、莞爾と微笑んだ。


「では、ご主人様の許可が出たのでお伝えします。実は、私は……」


「ストーップ! やーっと思い出したわ!」


 エリザスは歓喜のあまり大声を発し、先に正解を発表されてたまるものかとエナデールの告白を瀬戸際で阻止した。


「あら、ようやくですか? フフッ」


 千の鈴が鳴り響くような声音で、銀竜が微苦笑を浮かべる。


「だって今の今まですっかり忘れていたんだし、しょうがないじゃない!

私が子供の頃、姉さんが作って贈ってくれた人形の名前、それがエナデールよ!」


 巨竜に向かって叫びながらも、エリザスの心は再び過去へと飛んでいた。

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