カルテ245 伝説の魔女と辛子の魔竜(後編) その26
「先生、いい加減にしてください! あるんですか!? それともないんですか!?」
「お父さんドラゴンより怖いですよ! アイヤ~ないあるあるないあるないあないあるない~ひょんげ~! えーっと、非常に心苦しいんですが、白血病の治療に使う薬剤って結構特殊なんで、あいにくうちには置いてないんですよ……」
「な、なんだとこの藪医者めーっ!」
「助けてサム◯ンティーチャー!」
今や本多は怒れるタコオヤジと壁板の間にサンドイッチ状態となり、なんか身体が少し横に広がってきた感じがした。
「やれやれ、またですか」
セレネースが腰をやや落とし気味にし、両脇を締め、ボクサーのファイティングポーズをとる。エナデールは、何だかこの場にいるのがとてもつらくなってきた。果たして村長の腰は持つのだろうか。
「ぐががが……む、息子さんを助ける方法は、ないことはないんですが、マ、マスタードガスがこの世界にあるのなら……」
「だからあるのかないのかあああっ!?」
本多が苦しい息の下から、思いもかけない台詞を漏らす。
もっともバーサーカー化して理性を完全に失ったローガンの耳にはほとんど入ってないようだったが、エナデールは聞き逃さなかった。
(……ど、どういうことなの?)
血に飢えた荒れ狂う千匹の魔獣を閉じ込めた檻のように心の中がざわめく。
この寒村を完膚なきまでに蹂躙した、あの恐るべき邪竜の毒煙が、なぜここで出てくるというのか、彼女には全く理解できなかった。この時天啓のように、尊敬する師匠の声が脳内に轟き、全神経を貫いた。
「そこであなたは、来るべきものが降臨するのを傷ついた村人たちと一緒に待ち、彼らとともに癒されなさい」
「決まっているでしょう、伝説中の伝説たる存在、白亜の建物にです」
(……まさかあの予言は、このことを暗示していたのでは?)
あの謎めいた指示の意味が、今、現実味を帯びて彼女の前に姿を現しつつある予感があった。恐らく伝説の魔女は冬の後に春が訪れることが自明であるごとく、全てがわかっていたのだ。そうとしか考えられない。ならばエナデールのすべきことはただ一つ。
「……先生、ちょっとお話したいのですが、しばらく二人で別の場所へ行きませんか?」
彼女は双眸の色を灰色から朱へと変貌させ、瞬時にして全身に気を漲らせると、宮殿内を闊歩する女王陛下のごとくしゃなりしゃなりと、だが凄まじい圧力を周囲にまき散らしながら、壁際の男二人へと近寄り、村長の分厚い身体越しに、本多の肩に軽く手を触れた。ただならぬ気配を察知し、さすがに異変を悟ったローガンは、ピクンと痙攣するとその場を離れた。
「は、はい、お嬢様、何処へとなりと伺いますですよ」
本多はまるで893の親分の前に呼び出された三下のごとく、へいこらしながら揉み手をせんばかりにし、変な敬語を喋りたてながら、部屋を出ていくエナデールの後を追いかける。
「な、なんか今、人が変わったような気がしませんでしたか、あのエナデールってお嬢さん?あれが魔女の弟子たる所以でしょうか……」
二人の後ろ姿を目で追いながら、小動物みたいに怯えている村長が、自分のことは棚に上げながらそっとセレネースに耳打ちする。
「そうですか? 私は何も気づきませんでしたが……」
すっとぼけながらも赤毛の看護師は、口とは裏腹に違う思索にふけっていた。
(あれほどの覇気や魔力を普通の人間が纏えるとは考えにくい。となると……これは面白そうなことになってきましたね)
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