カルテ242 伝説の魔女と辛子の魔竜(後編) その23

「す、すいません。少しでも場を和ませようと……」


「逆に皆殺気だっていますよ、先生」


「まあまあセレちゃん、そう責めないでください。で、肝心の病名ですが、本当はもっと精査しないといけないんでしょうけど、現時点で言える最も可能性の高いものは、血が白いことから名づけられた血液病こと、白血病だと思われます」


 飄然としていた医師の雰囲気が、にわかに厳粛そのものに変わり、一同は背筋の伸びる思いがした。あたかも道化師役の俳優が、瞬時に着替えて皇帝へと変貌を遂げたのを目撃したかのように。


「白血病……本当に血が白いんですか?」


 真摯な瞳のローガンが、ほぼオウム返しに尋ねる。


「マスタードガスの時紹介したドイツで今から二百年近く前、ルドルフ・ルートヴィヒ・カール・ウィルヒョーというやけに長い名前の医者が、脾臓が非常に腫れて、血液が白色調になった患者を診察しました。その患者はやがて病気が悪化して死亡しましたが、その報告が世界で一番最初の白血病の記録と言われ、白血病という病名はそこから来ています。


 当時ルドルフさんはまだ二十四歳だったってのに中々やりますねー。ちなみに飯がまずくて探偵と切り裂き魔が有名なイギリスって国でもルドルフさんより六週早くエジンバラ大学のベネットさんって方が報告してたんですが、エジソンの後塵を拝したテスラさんのように、命名勝負で負けちゃったんで、まあ無視していいでしょう。でも別に、全ての患者の血液が白くなるわけじゃないですよ。非常に重篤な患者でも若干灰白赤色になる程度です」


「そういえば、先ほど見た通り、ピートル君の血の色は普通の赤色でしたね」


 セレネースが本多を援護する。確かに透明な採血管の中で揺れていた血液は、まごうかたなき夕焼け色のクリムゾンレッドだった。


「そーゆーこってす! えー、まず簡単に概要を説明しますと、そもそも人間の身体は、目に見えないほど非常に小さな、独自の機能を持った細胞というものがおよそ60兆個ほど集まって出来ています。んで、血液は骨の中の骨髄って場所で造血幹細胞という細胞が生み出され、それから前駆細胞を経て芽球という状態に成長し、様々な種類に分かれていきます。


 呼吸によって取り入れた大気中の酸素を身体中に運ぶ赤血球や、体内への侵入者や異物を攻撃し排除する白血球、そして出血が起こった場合血を固まらせる血小板などが主な血液の成分の分類です。ちなみに白血球は顆粒球や単球、リンパ球に分類されます。例えるなら、子供の時はどんぐりの背比べ状態の同じようなガキんちょでも、大きくなるとそれぞれ得意分野に目覚めて、色々と違ってくるようなもんですかねー。僕の友達も探偵になった奴やら獣医をやってる奴やら様々でして……」


「先生、そこはどうでもいいですから次へ」


 優秀な司会者よろしく、セレネースが無慈悲に話を遮る。


「あいあい、で、白血病ってのは、この造血細胞が骨髄の中で何らかの原因で異常をきたし、白血病細胞と化す病気と定義されます。これには様々な種類がありまして、まず白血球、それも病的で幼若なものが湧水のごとくどん増える急性白血病と、わりかし正常ないろんな血液成分が増える慢性白血病とに大きく分けられます。これらは更に、それぞれ骨髄性とリンパ性に細分化されます。つまり、急性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病の四つですね。ここまではよろしいですか、皆の衆?」


 そこで本多は一気呵成に話して疲れたのか、一旦口を閉じた。


「……」


 セレネース以外の聴衆は、聞いたこともない異界の医学用語の奔流攻撃に最初目を白黒させていたが、徐々に慣れてきたせいか、また本多が要所要所で空中に指でドーナツみたいな絵を描いたりしながら説明する様がユーモラスだったせいか、次第にうなずきながら真剣に耳を傾けていた。

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