カルテ203 運命神のお告げ所(後編) その19

「僕は先ほどこの部屋で、アカルボースさんに奥さんの病気の話を聞かせてもらったけど、その間どうしてその病を治せるのがルセフィ、君なんだろうってずっと考えていたんだ。今一瞬君が吸血しようという思いにとらわれたように、バンパイアの君は血を吸った相手を眷族と化し、不死の恩恵を与えることが出来る。それはある意味治療行為と呼んでも良いかもしれない」


 そこで少年は一旦言葉を区切った。穴兎夫婦が驚きのあまり揃って目を見張ったからである。


「テ、テレミン、一体何を……」


 ルセフィは何とか彼の爆弾発言を無かったことにしようと努力するも、「いや、もうここまで来たら正直に話した方がいい」という彼の促しに、「そうね……」とうなだれた。


「ごめんなさい、アカルボースさんとリルピピリンさん。私はテレミンのいう通り、吸血鬼の化け物なのよ。とある事情でバンパイアに生まれ変わってしまったけれど、決してあなた方を傷つけたりしようという考えはないの。確かにさっき一瞬だけ魔が差しそうにはなったけれど……お願い、信じて……」


「……いえ、信じますよ、ルセフィさん。あなたは私の息子を人攫いから救い出して下さったんですから……」


 途切れ途切れに言葉を紡ぎ出しながら、リルピピリンが儚げな笑顔を浮かべる。


「そ、そうだ! ぶっ倒れていたおいらをここまで運んでくれたしな! おいらの人を見る目に間違いはないさ!」


 アカルボースもいつもの明るい調子を取り戻し、彼女の背中を叩かんばかりにフォローする。


「あ、ありがとう……」


 うつむいたままのルセフィの目頭には、熱い雫が滲み出ていた。


「さて、話を元に戻すけど、仮に吸血鬼化に成功したとしても、それでは真に治療したとはとても言えないし、運命神ともあろうお方がそんな惨いことを望むとはとても思えない。だから、他にちゃんとした理由があるはずだと考え直したんだ。どんな難解な謎でも、きちんと筋道立てて解いていけば、いつかは真相に到達する。そのことを、僕たちはあの亡霊騎士の軍団と戦った運命の夜に学んだはずだよ、ルセフィ」


「あ……」


 振り子のように揺れ動くルセフィの瞳がぴたりと止まり、脳裏に真っ白な映像が浮かぶ。あの白い吹雪の晩に、白亜の建物からやって来た白衣を着た男の姿が。


 一見諧謔に満ちた彼は、彼女と彼女の父親がひた隠しに隠していた病と護符魔法の暴走という不幸な出来事から生じた一連の事件の謎について、まるで魚でも解体するかのようにスパスパと核心をさらけ出し、見事に解き明かして見せた。彼女の持病の糖尿病を暴き出し、糖尿病から治療薬のインスリンを作成するための手法を暴き……


「つまり今回も基本は同じことさ。アカルボースさんの話によると、奥さんのハイソクセンという病気の症状を和らげるには、腐ったクローバーが大量に必要とのことだった。それから作った薬が、体内で血が固まりやすくなるのを防ぐから、という理由でね。このことを初めて知った時、僕は非常に面白いと思ったよ。普段見慣れているあんな小さな草に、そんな凄い力が隠されているなんて。膵臓から採れるインスリンという物質が糖尿病の人の命を助けるって知った時と同じくらいの衝撃を受けたんだ」


 テレミンはまるで白亜の建物の医師が乗り移ったかのように神秘について語った。一同は彼の醸し出す雰囲気に呑まれ、沈黙が石造りの室内を覆っていた。

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