カルテ159 新月の夜の邂逅(後編) その3
「我輩にまかせとかんかい!」
咄嗟に双翼を広げた赤毛の獅子が三人の前に立ち、威勢よく身体を振るう。
「ぐおっ、あちちちちちちちち!」
「フシジンレオさん!」
「エロ獅子!」
「だ、大丈夫、フシちゃん!?」
「なあに、さっきの水がまだ身体にたっぷりついておったのを振りまいたんで、そこまでダメージは受けとらんぞ、カカカカ」
炎よりも赤い獅子は、サソリの尻尾で火の粉を叩きながら余裕綽々とばかりに呵々大笑する。
「良かったわ、無事で……しかしどうやらこっちの声を聞かれちゃったようね」
「弱りましたね。なんだかさっきのずっこけ三人組とは格が違う相手のような気がするけれど……まさか!?」
突如、シグマートが小さく叫び声をあげる。
「ど、どうした少年、何かに気づいたのか!?」
「はい、ミラドールさん、ひょっとしたら、やつらの正体は……」
「えーい、面倒じゃ! 我輩が直接相手の顔を拝ませてやるわい!」
大きなザラザラした舌で火傷のあとを猫のように舐めていたフシジンレオが、広げたままの羽をパタパタと扇のように扇いで、虚空にも似た白い闇をゆっくりと吹き飛ばしていった。
「あっ、その手があったか! さすがエロ爺! 悪知恵だけはよく働くな!」
「それは褒めとるんかい、ミラドールちゃんよ……ってほれ、敵さんとご対面じゃ!」
フシジンレオたちの眼前に、七、八メートルほどの高さのちょっとした岩山が聳えていたが、彼の言う通り、その頂上に、星明りをバックに黒づくめの人影が二人、こちらを睥睨しているのが皆の目に映った。
「しまった、やつら、見張り台を占拠したのね! 畜生!」
イレッサが顔をゆがめ、頬を走る刺青がぐにゃりとゆがむ。
「おほっ、一人はすごい巨乳ちゃんじゃのう、ハッスルハッスル!」
どんな時もマイペースを崩さない色ボケマンティコアが、よだれを垂らさんばかりの気持ち悪い笑みを浮かべる。
「エロバカは放っておくとして、あいつらは誰だかわかるか、シグマート?」
熟練の狩人の瞳をしたミラドールが、少年の耳元でそっと囁く。
「ええ、わかりますとも」
シグマートが目を細め、複雑な感情の籠った眼差しを岩山の上に向ける。
「やや背の高い、男性と思われる方は、どうやら銀製の仮面を被っている様子です。
あんな人物は、符学院広しといえども一人しか知りません」
「そ、それは……」
ミラドールも、ただならぬ気配を察したのか、ゴクっと唾を飲み込む。
「はい、符学院学院長にして導師会議の現議長こと、グラマリールその人です!」
一瞬の沈黙の後、
「「「ええええええええええええええっ!?」」」
シグマート以外の三人が、顎が外れんばかりの叫び声をあげる。
「な、なんでこんなところに先生が、じゃなかったグラマラスがおるんじゃい!?」
「だからグラマリールだと言ってるだろーが、クソエロ駄猫! しかし、本当に、どうして……!?」
「あたいの滲み出る色気に誘われて……ってわけじゃなさそうね、残念ながら」
三者とも、突然の予期せぬ最高権力者の登場に動揺し、よくわからないことを口走っていた。
「どうどう、少し落ち着いてください、皆さん。ちなみにその隣りの、メロンみたいなものを胸に二つぶら下げている黒装束は、おそらく学院長の秘書のクラリス女史でしょうね。その能力は学院長の折り紙付きで並の講師では歯が立たず、魔力も高いという噂です。学院長は彼女をとても気に入っていて、個人的に備品扱いしていると聞きます。あのミラドールさんよりも大きいバカでかいおっぱいは、黒装束くらいじゃ誤魔化せませんし、間違いないと思われます」
「胸のことは言うな、少年! しかし……確かにでかいな」
「すっごいわねー。護符も胸の間に挟んで持ち歩いているのかしら?」
「皆の者よく聞け! ここは我輩に任せておけ! あの巨乳ちゃんは我輩だけのもんじゃ! 他の誰にもしゃぶらせん……もとい、渡さんぞい!」
突然ハッスルダンスを踊り始めたマンティコアが、蝙蝠の翼を大きくはためかせると、月のない夜空へ向かって磁石に引き寄せられる砂鉄のごとく舞い上がった。
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