カルテ132 猫娘とバイオリン弾き その6
「こうなったら包み隠さずゲロっちゃうけど、私も以前あなたと同じようにお酒飲んで血反吐吐いて、白亜の建物にお世話になったことがあるのよ。まさにその新月の晩にね。その時、不可抗力だったけど、ついお医者さんを石化しちゃったもんで大ピンチになったけれど、赤毛の助手みたいな女性にいろいろ教えてもらったおかげで、なんとか自力で出血を止めることが出来たってわけ。だから、つべこべ言わず、私を信じて言うことを聞きなさい!」
有無を言わせぬエリザスの迫力に、ダイフェンは苦しい息の下、苦笑しながら、「はいはい、わかりましたよ。ご随意に」と、割と素直に治療を受け入れた。
「ありがとう……」
ほっとして、やや肩の力が抜けたエリザスは、ダイフェンに対し、つい謝辞を述べていた。
「おいおい、おかしいじゃないか。治療してくれるっていうあんたの方がお礼を言うなんて」
「だから喋り過ぎちゃダメだって! だって、私みたいな魔獣なんかの言うことを、聞き入れてくれるんだもの」
「あんた、別に悪い怪物じゃなさそうだしな」
「……えっ?」
ダイフェンが、彼女の心をドキッとさせる言葉を口にした。
「本当に悪いやつなら、人を助けるような真似はしないだろうし、俺に目隠しなんかわざわざさせないはずだ。人間の心を持っているんだな、あんた……」
「……」
気恥ずかしくなったエリザスは、「喋ったら身体に毒だ」と突っ込むのも忘れ、無言で頰を赤らめた。
「おい、どうしたんだ、黙っちゃって。早くやってくれよ」
「さすが勇猛果敢で有名な虎猫族を口説くだけあって、口がお上手ね」
やっとそれだけ言い返すことが出来た。
「俺は博愛主義者なんだよ、ハハ……」
ダイフェンは、さすがに辛いのか、口元から赤いものを垂らしながら、力なく笑った。
「さてと、覚悟は出来た、色男さん?」
「ああ、いつでもいいぜ、やってくれ……って、おっと、こうするんだっけか」
先程水差しの水でうがいをし、再びベッドに横たわったダイフェンは、エリザスに教えられた通り、左手の親指と人差し指で輪っかを作った。いわゆるOKサインだ。
「よし、じゃあ、なるべく細いのにしといてあげたから、ゴクっと飲み込んじゃってね」
「ハハハ、初めてだから、お手柔らかに頼むよ。まさか女のモノを咥えることになるとはね……」
よくわからない下ネタをほざくダイフェンの口元に、エリザスは問答無用とばかりに、自分の頭部から伸びる黄金の蛇の頭を押し付けた。
「う、うわ、けっこうヌルッとするな、こいつ……本当に噛み付いたりしない?」
「大丈夫よ。私が操っているんだから。でも、噛み切ったりして私と分離したら、保証は出来ないけどね。さ、思い切って一気にどうぞ!」
「よーし、俺も男だ!」
腹を決めたダイフェンは、右手で蛇の頭細い首あたりを掴むと、あくびするように口を大きく開いて、その三角形の頭を丸呑みした。
「ウゴゴゴゴッ!」
彼の喉元がボコリと膨れ上がり、顔面から脂汗が滴り落ちる。
「ちょっと痛いけど頑張って!」
エリザスも声をかけて、未知の苦痛に悶える彼を励ます。
「だ、大丈夫かニャ、ダイフェン!?」
「うおっ、猫ちゃんよ、勝手に開けたら危険じゃ!」
ダイフェンのうめき声を耳にして我慢しきれなくなったのか、急にドアを開けて、ランダと、それに引きずられるように、バレリンが室内に飛び込んできた。今まで、部屋の前で息を殺して、ずっと中の様子を伺っていたのだ。
「だ、ダメよ、二人とも、入ってきちゃ!」
慌てたエリザスは、咄嗟に瞼を閉じる。どちらにせよ、今から内視鏡的治療のため、蛇に視覚を譲り渡す必要があったので、閉眼するつもりではあったのだが。
「こっちも目をつぶっているから、安心するニャ!」
「わ、わしも目を閉じておるぞ」
二人の乱入者はご丁寧に、それぞれの双眸を、念には念を入れるためか、両手で覆ってガードしていた。
「そう、ならば特別に許すけど、気をつけてね。絶対に今の私の姿を見ちゃダメよ」
どうせいくら言っても出て行きそうにないだろうと判断したエリザスは、ため息混じりに彼らの同席を許可した。恐れを知らないギャラリーに、なんだか拍子抜けしそうになる。
「わかったニャ!」
「右に同じく、じゃ」
「グガガガガッ!」
しかし、ダイフェンの苦悶が一段と悪化したため、エリザスはすぐに緊張感を取り戻した。
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