カルテ63 符学院の女神竜像 その17
「仕方ないのです。深くは言えませんが、これにはあなたのお父上が深く関与なさっていますから……」
「な、なんで私のお父様がでてくるのよ!?」
「実は私は、ベイスン・ガーランド様のご意向によって、符学院に入学させていただいたのです。あなたの学友となって、側から学院生活を見守ること、そして……」
そこでリオナは頭の中を整理するかのように口を紡ぎ、考える顔つきをした。
「ひょっとして、あのクソ親父、あんたにヤバい橋を渡らせてたの!?」
さすがに政治家の家系に生まれただけはあり、プリジスタもピンと来た。
「……有体に言うとそういうことです。あなたもご存知の通り、ガーランド家は導師会議の長の座を巡って、長年符学院の学院長と争ってきました。ここ数年はグラマリール学院長が毎年長になっていますが、それに耐えかねたベイスン様は、何としてでも院長をその座から引きずり降ろそうと画策し、私に学院の汚点について調べ上げて欲しいと言われたのです……膨大な学費と引き換えに。私の祖父は、あなたのお父上とは昵懇の仲でしたし、長年の関係上断り切れず、私は依頼を引き受けました。そして今日の昼、資料室で学院の負の姿を記した決定的な証拠を入手したのです」
「そう、だったの……」
プリジスタはすっかり意気消沈し、尻の痛みすら忘れていた。今まで友情だと信じていたものが、どれ程薄っぺらいものだったのかを知って、愕然としていた。全ては父親の手の平の中だったのか……。しかし、そんな絶望の淵にいる彼女に対し、黒髪の少女は聖女のごとく呼びかけた。
「しっかりして下さい、プリジスタ。別に私は命令があったから、あなたと仲良くしていたわけではありませんよ。あなたは私にはない皆を引っ張っていく力や、ソルのように外国から来たばかりで困っている人を助ける力、そして友達を思う力があるからこそ、ずっと近くにいたのです。こればっかりは、私自身が望んだからですよ」
「でも、私の元から離れていってしまうんでしょう!? 行かないでよ、リオナ! お願い!」
「資料室から重要書類を盗んだのがばれた時点で私は退学でしょうし、あなた方に迷惑がかからないように、今晩のうちに立ち去るしかないのです。辛いですが理解して下さい」
聞き分けのない幼子に言い聞かせるように、リオナ自身もやや涙目になりながら、プリジスタを説得した。
「あんたがいなくなったら誰が私を助けてくれるっていうのよ! 誰が一緒に悪戯をしたり、遊びに付き合ってくれるっていうの!?」
「大丈夫です、プリジスタ。私の代わりになる人なら、ちゃんと近くにいますよ。あなたは王子様と結婚するのが目的なんでしょう?」
「?」
リオナは急に謎めいたスフィンクスの表情を見せ、プリジスタは頭の中を疑問符で一杯にした。そんな彼女たちの姿を、背後から観察している二つの影があった。
「おおっ、女の子同士の友情は麗しいね〜。百合ってやつかな?」
「変なことを言わないでください。やっぱりどこか脳が損傷しているんですか、先生?」
本多医院の玄関先に立って校庭の様子を眺める復活したての本多に、セレネースは相変わらずの冷たさで対応した。
「なんとか無事みたいだけど、ひどいよあいつら、僕の髪をごっそり刈り取っちゃうなんて…」
本多は、全く毛がなくなってつるんとした後頭部を撫で回して、ブツブツと文句をつぶやいた。プリシスタが必殺のハンマーを打ち下ろした時、本多の後ろ髪はまさに皮一枚残して頭から旅立ったのだった。
「良かったじゃないですか。だいぶ伸びてきてましたから、そろそろ切る頃合いだと思っていました」
「だからって中途半端過ぎるよ! 前の髪の毛だけ残っちゃってバランスがおかしいよ!」
「後で患者様用のバリカンで剃って差し上げますのでご安心ください」
「ひでえ! モジャモジャ頭が僕のトレードマークだったのに……しっかし改めて見ると、凄い有様だねぇ」
スースーする頭を抱えた本多が、校庭の向こう側に目をやりため息をつく。様々な木々が生え、色とりどりの花が咲き乱れていた庭園は、無残な廃墟に姿を変えていた。周囲の建物はかろうじて無事とはいえ、中央部は隕石でも落下したかのように大きなくぼみと化し、樹木はことごとくなぎ倒され、花壇は見る影もなく、あちらこちらに女神竜像の石片が散らばり、目も当てられない惨状だった。さすがに学生宿舎の窓にもちらほら火が灯り、にわかにざわめいてきた。安眠を妨害された学生たちが目覚め、驚き、戸惑っている様が手に取るように伝わってくる。
「皆、落ち着いてよく聞いて!」
なんと、いつの間に大鐘楼から降りてきたのか、学生宿舎の入り口に立ったエリザス先生が、声を張り上げている。その姿は夜風に金髪をなびかせた、紛れもない人間の美女で、おそらくソルから借りたと思しい黒いローブを身にまとっていた。たちまち静寂が学院中に訪れた。
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