カルテ277 眠れる海魔の島(後編) その5

 どこまでも真っ青な南国の海が視界いっぱいに広がり、水平線の彼方で同色の空と溶け合っている。そんな原初の昔から変わらぬ風景を、櫓に腰掛けながら漁師のゼローダとハイ・イーブルエルフのイレッサはいつまでも眺め続けていた。


「同じ景色を毎日毎日見ていてよく飽きないわねー、フフッ」


 イレッサが潮風に揺れる緑色のモヒカン頭をかき上げながら、からかい気味に鼻を鳴らす。


「同じでもないさ。天候や時間帯、それに季節によって空も海もしょっちゅう表情を変える。ここからの朝日と夕日は特に息を呑むほど美しいぞ」


「へえー、そんなもんかしら。あたいは引き締まった胸板や臀部を鑑賞する方が好きなんだけど……」


 気のなさそうに答えながらも、イレッサは沖のとある一点に注意を払っていた。波が少しでも高くなると、髪の毛をいじる指先がピクリと震えた。


「どうした、さっきからあっちの方ばかり見つめて。あそこに何かあるのか?」


「な、何でもないわよお気になさらずオホホホホホ」


 しなを作って気持ち悪い声で笑う大根頭を横目で睨みながら、ゼローダは日焼けした額にわずかにしわを寄せた。



(危ない危ない、気づかれるところだったわ……ってうまく誤魔化せたかしら?)


 内心ではイレッサはヒヤヒヤしながら動悸が高まりそうになるのを鎮めようと懸命に努力していた。正直なところ、彼は先ほどゼローダか語ったゲンボイヤの昔話を、大まかにではあるがとっくに知っていた。そもそも彼がこの辺境の島までわざわざ足を運んだ理由は、かつてここが津波に襲われたという伝承があることを小耳に挟んだからだった。


 彼は仲間たちが謎の黒装束集団に惨殺されて以来、強力な攻撃魔法を手に入れようと密かに決心していた。でなければ多彩な護符魔法を駆使する黒づくめの者たちと渡り合えないからだ。


 彼はあたかも命知らずのルーンシーカーのごとく様々な危険地帯に挑んでは、自然の脅威を我が身に受けてその力を吸収すべく、放浪の旅を続けた。過酷な日々であったが、元々性格的にマゾヒスティックな一面があったことが幸いし、諦めることなく何度もチャレンジした結果、徐々に魔法を手に入れていった。その過程でアラバ島の過去の災害が、何らかの超自然的な原因によるものだとの噂話を聞き知って興味を抱いたのだった。


(もし津波が怪物の仕業によるものだとしたら、再び起こる可能性だってあるわけよね………つまりあわよくば魔法をゲットできるかも!?)


 かくしてちょっとよこしまな期待を胸に秘め、アラバ島に上陸した腐れ大根頭は、村の酒場で情報収集した後、海にひと潜りして無謀にも直接伝説の存在を確認しに向かった。

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