カルテ36 山荘と冬の護符と亡霊騎士 その12
「ああ、はいはいはい、もちろん覚えてますよ……で、どうして親御さんは受診されたんでしたっけ?」
医師の一言で、その場にいる全員が心の中でずっこけ、ズコッという音が頭の中から漏れ出すかと思われたほどだった。
「全然覚えていないじゃないですか!」
皆を代表して、テレミンが鳥頭野郎に突っ込みを入れてくれたので、一同の溜飲は下がった。
「とりあえず、ここで何が起こったのかを、かいつまんで説明して頂けませんか? お嬢ちゃんは縛られているし、オオカミの顔した方はいるし、どうやら皆さん穏やかな雰囲気じゃありませんしね~。厄介ごとでもめてるって男爵芋さんも言われてましたし」
ボケ医者が、至極もっともなことを言い出したので、芋扱いされたことも気にせず、セイブルが皆を代表して話を始めた。
「なるほどなるほど。かなり面白いお話でしたね~、いわゆる雪山の山荘のミステリーってやつで、ぶっちゃけてしまえば絶海の孤島と同様よくあるパターンですがね~」
すべてを聞き終えた医師が、かなり無礼な感想を述べたので、ホール内に殺気が充満した。
「面白くなんかないですよ! 人が一人殺されているんですよ!」
もはや医師専用の突っ込み役と化したテレミンが声を荒げる。
「それなんですけど、その柄杓だか子爵だかは本当に殺されて死んだんでしょうかね〜?」
「えっ!?」
思いもかけないことを不謹慎な医師が言い放ったため、少年の気勢は削がれ、皆その場に固まった。
「だ、だって腹を割かれて死んでいたんですよ! 部屋に鍵はかかっていましたけど、凶器もどこにも見当たらなかったし……」
「遺体に最初に近寄ったのはどなたでしたっけ、坊ちゃん?」
「……ルセフィさんです」
「じゃあ、他の人に見つからないように、駆け寄って咄嗟に刃物を隠すことが出来たかもしれませんね〜、自殺を他殺に偽装するために」
「そう言われますと、確かにルセフィ様は小生に、子爵のいつも携帯されていた短剣で切りかかってこられましたな。あの事件の後、部屋を捜索してもどこにもなかった筈でしたが、お嬢様がずっと持っておられたとしたら、話は繋がりますね」
大きな口から長い舌を伸ばしつつ、異形の面相の執事が意見を述べる。
「そ、その可能性はありますけど、自殺を他殺に見せかける意味なんてないじゃないですか!」
「いえ、意味ならありますよ〜。全てを亡霊騎士とやらの仕業に見せかけ、その後に起こる犯行の責任をひっ被せるって意味がね〜」
「でも、実際に私は亡霊騎士の兜が廊下を飛んでいるところを見たんですよ!」
コンスタン夫人が、これだけは譲れないと言わんばかりに会話に割り込んでくる。
「そりゃ〜簡単な仕掛けですよ〜、そこの狼さんが、宝物庫の兜からお嬢ちゃんの匂いを感じたっていう話じゃないですか。つまり、深夜に黒い服かなんか纏って兜を被れば、遠目には首だけ浮いて見えるって寸法ですよ〜ん」
「なるほど、黒いローブなら、レルバック氏の部屋に落ちていましたからね。それに、失礼ながら奥様は、ほぼ毎晩あの時間にお花摘みに参られるとのことですから、それを待って行ったんでしょうかな」
ダオニールが、ハッハッと獣臭い荒い息を吐きながら、本多の推理を補足する。
「ま、幽霊の正体なんて大概はそんなもんですよ〜」
「さっきから黙って聞いていれば勝手な妄想ばかり垂れ流しているけれど、お父様が何故自殺しなくちゃいけないのよ!」
怒りの表情で、ルセフィが得意げなモジャモジャ頭をねめつける。
「それじゃ、論より証拠ってやつで、ひとつ子爵さんのご遺体を拝ませていただけませんかね〜、薩摩芋さん?」
「そ、それは別に構わんが、それで何かわかるのか?」と空気を読んで男爵が返事する。
「そいつは行ってみてのお楽しみですよ〜ん、ふふふ……ふぁーっくしょん!」
その場の誰にも不敵にほくそ笑んでいるように見えた医師が、急に盛大なくしゃみを一発ぶちかまして、情けない顔でこう言った。
「すいませんけど、どなたか予備のコートって持ってません?」
「南無阿弥陀、おんちょろちょろ、ぎゃあていぎゃあていはらぎゃあてい、チャカポコチャカポコ……」
「テレミンくん、すまんがこの御仁は何の呪文を唱えておるのだ?」
「僕にもさっぱりわかりませんよ、伯父さん!」
狭い薪小屋の中にすし詰め状態の中、メイドが持ってきた黒いコートを羽織った本多は、二体の遺体に手を合わせたまま、ひたすら訳のわからぬ文言をつぶやき続けていた。
「すいませんね〜、実家が無宗教だったんで、お経なんて知らないんですよ〜。ま、ここら辺でホトケさんには許していただきましょうかね〜、それ!」
やっと呪われそうな祈りをやめた本多は、えいやっとばかりに、遺体達に掛けられていた黒布を引き剥がした。ただでさえ小屋に充満していた悪臭がレベルアップして全員の鼻腔を焼き、ダオニールなどはあからさまに呻き声を上げる。
「ほうほう、こりゃ〜お二方とも見事なハラキリ状態ですな〜。あれ、確かにこちらの方には以前お目にかかったことがありますね〜」
嬉々とした表情で、鼻もつままずに変色しつつある無残な屍を繁々と観察していた医師が、子爵の方を指して何かを思い出した顔付きに変わる。
「そちらが私の父、ウィルソンです……」
縛られたまま連れてこられたルセフィが、力無く説明する。
「なるほど、どうりで見覚えがあると思いましたよ……あれ?」
子爵の遺体にキスせんばかりに顔を接近させていた本多が、右の鎖骨にランプを近づけて、唐突にこう述べた。
「この人、よくこんな山奥までお出かけできましたね〜、お嬢ちゃん。すごい重病だったんでしょ?」
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