カルテ35 山荘と冬の護符と亡霊騎士 その11
その時、館のドアをノックする音が、強風に混ざって明らかに玄関ホールに響き渡ったため、人々は驚いてそちらに視線を移した。
「ぼぼぼぼぼ亡霊騎士がががががこここここ今晩ははははははは」
またもやフィズリンが壊れたオルゴール化する。
「亡霊騎士がノックするなんて話は聞いたことがありませんよ。吹雪が続くと出現する可能性が増えるとは書いてありましたけれど。
ひょっとしたら、白亜の建物に住むというお医者さんじゃないですか?」
「そういやすっかり忘れかけていたけれど、さっきすぐそこに現れたと、ダオニールが伝えてくれたっけな、テレミンくん」
男爵が、いまだに叩かれ続けている扉を見つめたまま、ゆっくりと前方に歩き出す。
「き、危険です、ご主人様! 小生が今すぐ出ます!」
「だからといって、今のお前の顔では、先方が驚くかもしれんだろう。この館の当主として、わし自らが出迎えるとしよう。何、建物など見間違えで、単なる遭難者かもしれんぞ」
このときとばかり最大限の威厳を発揮し、セイブル・バルトレックス男爵は、ゆっくりと鍵を外すと、ドアに手を掛けた。
「ブハ〜っ、や〜っと登場、じゃなかった入れてもらえて助かりましたよ〜。待てど暮らせど誰も受診してくれないもんだから、こんな寒い所にずっといるのも嫌なんで、こちらから出向いてきたんですけど、深夜で皆熟睡してたらどうしようかと心配しちゃいましたよ〜」
全身雪まみれのモジャモジャ頭の男が、挨拶もせずに、いきなり間髪入れずにまくし立てるため、一座の緊張した雰囲気はぶっ飛んだ。服も雪がこびりついているのかと思いきや、単なる白衣のようだった。
「ど、どなたですかな?」
呆気にとられていたセイブルだったが、なんとか貴族らしく背筋をしゃんと伸ばしながら、コホンとわざとらしく咳払いを一つした。
「あ〜っとこれは失礼。僕の名前は本多といいまして、こう見えても医師をしております。そして一緒にいるのは受付嬢兼看護師兼その他諸々の業務を担当しているセレネースちゃんです。早速ですけど、この娘に似ている人に会ったことってあります?」
ブルブルと、濡れた犬のように身体を震わせながら、本多はいつの間にか彼の後ろに現れた、赤毛の女性を指し示す。その玲瓏たる表情は凍てつく吹雪よりも冷たく、まるで氷の彫刻のようであった。本多と同様の白衣を着ており、片手に黒い鞄を下げている。
「い、いや、特にありませんが……一体どんなご用件で、このバルトレックス男爵家の山荘を訪問されたのですかな?ちなみにわしはこの館の主人のセイブル・バルトレックスといいます。一晩ぐらいなら泊めて差し上げることはできますが、現在ちょっと厄介ごとでもめてましてな……」
「そりゃ〜もちろん往診ですよ、お・う・し・ん。普段は滅多にやらないんですけど、このままじゃ、昔の少女漫画みたいにすれ違っちゃいそうだったんで、慌てて取るものも取り敢えずこちらに馳せ参じた次第ですよ〜。バトルアックスさんは、白亜の建物ってお婆ちゃんの昔話とかで聞いたことありません?」
「わしはそんなドワーフが使いそうな物騒な武器じゃないんだが……」
「あ、あの異世界にあるという伝説の白亜の建物、『ホンダイーン』から来られたんですか!?
検査と称して吸血鬼みたいに血を抜き取っちゃうって噂は本当なんですか!? おっぱいの大きなエルフ娘に、無理矢理ネトネトしたものを飲み込ませたり、お爺さんの脚を滅茶苦茶セクシーに変えちゃったりしたって噂は……」
もはや伝承ストーカーといっても過言ではないテレミンが、ここぞとばかりに男爵を押しのけんばかりの勢いで、口から泡を飛ばしながら本多に迫る。
「なんか三文週刊誌並みに歪んで伝わっている噂が多そうですがね〜、坊ちゃん。でも、『本多医院』から来たっていうことは確かですよ〜ん」
「と、いうことは……」
「はい、ここに治療を受けるべき患者様がいらっしゃる、ということです」
本多の背後に影のように付き従うセレネースが、仮面のような無表情のままで話の穂を継ぐ。
「……」
知らず知らずのうちに、館の住人たちの視線が一人の人物に集中する。
「な……なんでもっと早く来てくれなかったのよ! お父様も私も、あなたが訪れるのを一日千秋の思いでずっとずっと待ちわびていたのに!」
その人物ことルセフィが、瞳から血の涙を流して慟哭しているように錯覚されるほどの情念を込めて、本多を責め立てる。その声は本心を吐露する真実の重みを孕み、聞く者の魂を根こそぎ揺さぶる力を秘めていた。
「……お嬢さんのお名前は?」
すっかり雪を払い落とした本多が、心なしか緩みまくっていた顔面を引き締め、逆に彼女に問いかける。
「ルセフィ・エバミールよ! かつて私の母・ルナベルは、父・ウィルソンと共に、あなたの医院を受診したことがあるわ!」
「おっ!」
本多が急に垂れ目を丸くすると、両手をポンと打ち合わせた。
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