カルテ74 少年とリザードマンと総身脱ぎ その5
「あいてててて……さすがリザードマンの攻撃力は凄いもんですね。危うくアバラが折れたかと思っちゃいましたよ〜。で、要するに脱皮の時に皮膚が綺麗に一発で全部脱げないのが悩みってことですね。いや〜、そのお気持ちよ〜っくわかりますよ〜。さぞお困りでしょうね〜」
診察室で、痛む脇腹を押さえつつも、本多医師は飄々とした態度を崩さず、諸々の検査を終えたオルセノンの話に繁々と耳を傾けた後、胡散臭いぐらいにこやかに微笑みかけた。
「よくわかる……? 人間も、脱皮するのか……?」
本多のやや意味不明な発言に対し、オルセノンは目をパチパチ瞬いた。そんな話は聞いたこともない。
「いえいえ、そういうわけじゃないんですけどね、実は僕、牛車腎気丸っていう名前のペットを飼っているんですが、この子はヒョウモントカゲモドキでして、月に二回くらい脱皮するんですよ〜。でも、中々上手に脱ぐことができなくて、ちょっと手助けしてやらないといけないんですね〜。可愛いでしょう〜?」
本多はまるで出来の悪いバカな我が子をバカ可愛がりするバカ親のようなとろけ顏になり、よくわからん生き物の話を始めた。
「ヒョウモントカゲモドキ……?」
「トカゲモドキなんてひどい名前ですけど、まぁ言ってみればトカゲの一種でして、ヒョウみたいな黄色と黒のまだら模様がとっても素敵なんですよ〜。寿命もとても長く、20年くらい平気で生きますから、愛着も沸いちゃって、こっちの世界じゃ飼ってる人結構いますよ〜。犬や猫とは一味違った、何考えてるのかよくわからないところがまたたまりませんね〜。ただ、あなたみたいにって言ったら失礼ですけど、脱皮不全を起こしやすいんですよ。脱皮が上手くいかず少しずつしか剥がれずに何日もかかり、古い皮が指先などに少し残ったままになる病気ですね」
ペット自慢を続けるバカ医者だったが、話が病気に移行するに従って、ごく僅かだが表情が引き締まってきた。
「ダッピフゼン……オラと同じだ……」
「ええ、これは原因としては乾燥が多く、特に冬から春先にかけての時期が危険ですね。対策としては、水やぬるま湯に浸かって身体をふやけさせ、軽く擦るといいですよ。あくまで焦らず、優しく、ゆっくりとね」
「……なるほど、確かに今、水少ない」
オルセノンは現在の乾燥した湿原の姿を脳裏に浮かべ、大きく頷いた。水場は貴重であり、部族の中でも力ある者たちが優先的に使用するため、彼にはあまり順番が回ってこない。それでどんどん皮が乾燥して硬くなり、脱皮不全が悪化してしまったのだろう。
「でもオラ、役立たずだし、水場中々使わせてもらえない……」
オルセノンは聞き取りにくいほど小さな声を、ポツリとこぼした。
「う〜む、リザードマン社会にもカーストがあるんですね〜。でも大丈夫! 僕が飛びっきり良い物をプレゼントしますよ〜ん!」
医師は唇の端をクイっと持ち上げながら、灰色の机の引き出しを開けると、何枚かの紺色の護符を取り出した。
「これは大量に水を噴出させることができる、噴水の護符ってやつでして、今まで受診された患者さんたちからお礼代わりに貰った物です。こいつをこっそり使って水場を作り、乾燥を防いでください。な〜に、そのうちそっちも雨季に入りますよ。それまでもう暫くの辛抱です」
本多は護符をヒラヒラさせながら使い方を簡単にレクチャーした。どうやら札を手に持って「ノックビン」と唱えるだけで済むらしい。
「あ、ありがとう……」
「後は、あまりストレスを溜めずに、気楽に過ごすっていうのも大事だそうですよ〜。それでイライラして脱皮が上手く出来ない場合もあるそうですからね。人生適当が一番ってことですよ〜」
お気楽の塊のような男がぬけぬけと言うが、真面目なリザードマンは黙って拝聴していた。
「それはそうと、あなた、リザードマンの割には小型って言ってましたよね〜。さっき撮ったレントゲンでも、脊椎の湾曲やO脚が認められましたし、ひょっとしたら、くる病もあるのかもしれませんね〜。あれがあると脱皮不全を起こしやすくなるって聞いたことがありますよ〜」
医師が机の前にある、白く輝きを発する謎の光る板に貼った、半透明の薄っぺらい黒い板を、手にした護符で指し示す。
「クルビョー……?」
またもや登場した理解不能な単語に、オルセノンはすっかり戸惑ってしまった。
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