カルテ75 少年とリザードマンと総身脱ぎ その6

「くる病っていうのはビタミンDっていう栄養素の不足などによって、カルシウムって物質の体への吸収が進まず、その結果骨が上手く出来ずに背骨などが曲がったりしてしまう、結構厄介な病気です。まだ身体の未成熟な若い人に多いっていいますね。人間だと日光に当たる時間が少ないと、ビタミンDが体内で合成されにくくなって起こりやすくなりますが、リザードマンの場合は……」


 そこで本多医師は急に口を閉ざして考える顔つきになった。手持ち無沙汰のオルセノンはポリポリと腕を引っ掻き、一片の皮が診察室の床にこぼれ落ちた。


「……どうなんでしょうね。症例を診たのが初めてなので、すいませんがちょっとよくわかりません。でも、やっぱりカルシウムは小まめに摂った方がいいと思いますので、カルシウム製剤出しときますね〜。魚も骨まで食べてくださいよ〜」


「……ハァ」


 知らない言葉のオンパレードであまり内容を理解出来なかったオルセノンだが、確かに魚の骨は苦手で捨てていたので、これからは残さず頂こうと心に決めた。どうやらこのモジャモジャ頭はヘラヘラしているが、彼が水場をあまり利用出来ず、骨嫌いであることまで見抜いている様子なので、言っていることは正しそうだと野生の勘が告げていた。


「話は変わりますが、僕もあなたに尋ねたいことが多くてウズウズしていたんですよ〜。教えてください、リザードマンは左利きばかりっていうのは本当なんですか? 爬虫類や鳥類は基本的にオシッコはしなくて糞しかしませんけど、リザードマンもそうなんですか? 寒くなるとやっぱり動かなくなっちゃうんですか? 冬眠とかはするんですか? イグアナと海イグアナみたいな亜種はいるんですか? 斧を武器に使うピンクのワニみたいなやつはいますか? 頭が二つあるハーメルンだのドルアーガ(ゲームブック版)だのに出てきた亜種もいるんですか? 『ごっつええ感じ』に出てきたトカゲのおっさんってやっぱりハーフリザードマンなんですか? それから……あいたあああああああっ!」


「……」


 哀れなオルセノンに矢継ぎ早に質問を浴びせかける本多に、いつの間にやらドアを開けて入室してきたセレネースが、後ろから脇腹に蹴りをお見舞いした。


「なんてことすんのセレちゃん! そこさっきダメージ受けたところじゃん!」


「相手の弱点を攻めるのは当然の戦法です。っていうかあまり患者様に診察と関係のないことばかり聞かないでください」


「……しーましぇん。ところで何しに来たの? 俺の肋骨をへし折るためじゃないよね?」


「二階の藤五くんの点滴が終わりましたので、抜いておきました。そのご報告だけです」


「……ありがと。そういやすっかり忘れていたわ〜」


 薄情者の伯父は、可愛い甥っ子のことをやっと思い出すと、何を考えているのか再びジーっと異形の患者の顔を凝視した。


「……!?」


 身の危険を感じ、再度身構えかけたオルセノンだったが、先ほどとは本多の目の表情が違うことに気づき、警戒を緩めた。彼の瞳には、何かを乞い願うような懇願の色が、光を孕んだ湖のように満々と湛えられていた。


「誠にすいませんが、治療費の代わりといってはなんですけど、ちょーっとお願いがありましてね、よろしいですか、リザードマンさん?」


「ハァ……何だ?」


「実は僕の親戚の少年が、今病気で医院の二階で寝ているんですけど、彼にちょーっとばかり会ってやって欲しいんですよねー、お時間あります?」


 頭を下げる医師にそう言われると、オルセノンもとても嫌とは言えなかった。



「ハロー、藤五。今日は珍しいお客さんを連れてきたよ〜」


「何、伯父さん……ってうわあああああああああああ、リリリリリリリザードマンだあああああ!」


 院長室のドアを開けて中に入ってきた本多とオルセノンを一瞥した少年は、まるでバルログにエンカウントしたレゴラスのようにわめき立て、文字通りベッドから飛び降りると、驚愕のあまり傍らのラジオやらコップやら漫画やらをなぎ倒して、彼らの方に突進してきた。


「どどどどどこから来たの!? 本物なの!? VRなの!? 本当に左利きなの!? おしっこはするのしないのどっちなの!? 寒くなると……」


「おいおい、俺と同じ質問ばっかすんなよ〜。ま、興奮しちゃうのもわかるけどね。あと、当然ですけど日本語は通じないよ〜。お前さんにはメジャーリーガーなんぞの一億倍くらい来て欲しい人だと思ったんで、伯父さんわざわざ召喚師の免許取って無理言って異世界から来てもらったってわけよ〜。あ、言っとくけど千草のバカには内緒だぞ」


 本多は目を輝かせてリザードマンの身体にベタベタ触れている甥にさりげなく釘を刺した。

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