カルテ76 少年とリザードマンと総身脱ぎ その7
「わかってるって伯父さん! こんなこと母さんに喋ったら今度は精神科に強制入院させられちゃうよ! てか召喚師の免許なんてどこで取れんのよ!? 通信教育?」
「神社を幾つか順番に回ると取れるって、確かFFXあたりで言ってたような気が……」
「すごいや! 僕も今度ロウソク頭に刺して藁人形と五寸釘持って白い服着て神社巡りしてくるよ!」
「それはなんか違うモノを召喚しそうだから絶対やめとけ! っていうかお前さすがにちょっと触り過ぎだろ! いくらちびっ子だからってちったあ遠慮しろよ〜」
藤五を無理矢理引き剥がそうとする本多に対し、「俺、大丈夫、気にしない」とリザードマンは鷹揚に答えた。事前に言い含められていたオルセノンも、最初はあまりの少年のはっちゃけ振りに面食らったものの、今では少し慣れてきたのか、ヒョイヒョイと尻尾を器用に左右に動かしてみせていた。
少年と医師が喋っている異国の言葉は何一つ理解できなかったが、ニュアンスと態度で、病気の子供がとても喜んでいることは明白だったので、彼もいつの間にやらホームランの約束をしに明日手術を受けるファンの子供のところにお見舞いに来た野球選手に似た心境になっていたのだ。
「いや〜、すいませんね、オルさん。甥っ子はこの通り肺炎って病気で外に花見にも行けないもんでして、三度の飯より大好きなドラゴン系のあなたが来てくれたら、一発で元気になると思ったんですよ〜。伯父バカでごめんなさいね〜」
「……ハナミ?」
ユーパン共通言語に切り替えた本多の発言の中に、一点だけ聞きなれない単語があったため、オルセノンはつい聞き返した。
「あっ、そっか〜、そっちの世界にはない風習でしたかね〜。花見ってのは、桜っていうピンク色の花がたくさん咲く木を、お弁当持って皆で見に行って、酒飲んでどんちゃん騒ぐ行事のことですよ〜。毎年春のこの時期しか出来ないのがちとせつなさ炸裂ですけどね〜。春風に数え切れないくらいの花びらが舞い散る様子は凄いもんですよ〜。一見の価値はありますね〜」
「……それは素晴らしいだろうな」
本多の下手くそな説明でも、大体の内容を把握したリザードマンは、幻想的な桜吹雪を脳内に描き出し、魅了された。花といえば、水芭蕉や菖蒲などの湿原に生えるものしか知らなかったが、木の枝に咲き乱れる霞のようなものも充分に美しいだろうということは、よく理解出来た。
「桜以外には、梅の花を見に行くって風習もありますがね。え〜っと……」
そこまで言ってから、本多は言語を日本語に切り替えると、
「ほら、藤五、あの、梅の花を見物しようと出かけたお侍さんが出てくる落語ってなんていったっけ?」
と未だにリザードマンの長い尻尾にじゃれつく子犬のような少年に話しかけた。
「やれやれ、伯父さん、そんなことも忘れちゃったの?
『やかんなめ』だよ! ほら、ハゲ頭の侍が、花見に行く途中で出会った病気のお嬢さんの癪の発作を治すため、いつもなめている銅製のやかんによく似た自分の頭をペロペロさせてあげるっていう……」
小学一年生の藤五は急に大人びた口調になると、右手は尻尾を掴んだまま、チッチッと左手の人差し指を振って、本多に講義した。
「ああ、それそれ! あのやけにマニアックなやつね!」
そこでまた本多はユーパン語に戻ると、オルセノンに話しかけた。
「その冒頭のシーンで、向島ってところにある有名な臥龍梅を見に行こうじゃないかって、お侍さん……まぁ、騎士みたいな者が言って、従者と一緒に出かけるんですよ」
「……ガリョーバイ?」
「『臥せた龍の梅』って書きましてね、要するに龍、すなわちドラゴンが寝そべってとぐろを巻くように木や枝が見える歳老いた梅の木があったわけですな、旦那」
いつの間にやら本多は扇子ならぬ聴診器を手に持って噺家みたいに一席ぶっていた。
「つまり、ドラゴンの木か……」
「ま、そういうことです。そういや『ドラゴン桜』なんて勉強漫画もありましたっけ……ってこりゃ全く関係ないでゲスな、ハハハハハ……」
本多のバカ笑いを聞きながら、不意に、ある突拍子もない考えが、リザードマンの脳裏に浮かんだ。花見に行けない少年の元に自分が訪れたのも、何かの縁というやつの可能性がある。ならば、今こそ役立たずだと嘆いていた自分のこの身体を、人様のために役立てる時なのかもしれない。
「気に病むな、オルセノン。汝、勇敢で偉大なる竜エンクラッセの子孫なり。必ずや、他人のため、一族のため、世のため、功成り名を遂げん」
先ほど聞いた長老マキシピームの言葉がよみがえり、柔らかく彼を包み込んだ。
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