カルテ201 運命神のお告げ所(後編) その17
「いったいどうしたんですか、フィズリンさん? ダイドロネルくんは無事だったじゃないですか」
人狼がモフモフの寝顔を目を細めて見つめながら、メイドに問いただした。
「そうじゃないんです! リルピピリンさんが大変なんです!」
火急の要件を思い出したフィズリンは、事情を知らないダオニールとテレミンに手短に伝えた。
「ええっ、お母さんウサギさんがですか!?」
「それはすぐに動かないと! ルセフィ、急ごう!」
勝利の余韻に浸っていた人狼と少年もたちまち顔色が変わり、一行のリーダー的存在のルセフィを促す。しかし、少女の表情には戸惑いの色が浮かび上がり、目が泳ぎ出した。
「そうね、だけどさっきもフィズリンに言ったけれど、いくらお告げで指名されたとはいえ、せいぜい糖尿病の医学知識しかない私が、リルピピリンさんのお役になんか立てるわけがないわ……」
「そんなこと、実際に行ってみなければわかりませんよ。この前のフィズリンさんのご実家でのニセ白亜の建物作戦も紆余曲折ありましたが結果オーライでしたし」
ダオニールがいいことを言ったような顔をする。
「まぁ、あれは無茶過ぎて失敗しちゃったけれど、僕もダオニールさんの言う通りだと思うよ、ルセフィ。それに、あのお告げに関しては、少しばかり引っ掛かるところがあるんだ」
一行の知恵袋的存在のテレミンが、知性の光を瞳に宿らせる。こうなった時の彼は非常に頼れる存在であることを経験上皆知っていたので、一同の雰囲気が心なしか明るくなった。
「ほう、それは頼もしいですな、テレミンさん」
「そうですね。きっと何とかなりますよ!」
「でも私、さっきのミノタウロスとの戦いのどさくさで、お気に入りの青い帽子をどこかへ失くしてしまったのよ。これじゃたとえ行ったとしても、予言の通りにいかないんじゃないの?」
中々踏ん切りのつかないルセフィが、言い訳がましくつぶやく。
「「「言われてみれば……」」」
残る三人は、マント一枚羽織っただけの彼女の姿を凝視し、今更ながら事の重大さに気づいた。
「おっと失礼、それは気づきませんでした。そうだ、頭を青く染めてみたらいかがですか?」
以前、頭の毛を無理矢理赤く染めて白亜の建物の看護師に変装したことを思い出したのか、人狼がいらぬアドバイスをする。
「それはさすがにダメでしょう、この駄犬! さっき褒めたのが恥ずかしくなってきましたよ。しかし弱りましたね。私は帽子を持っていないので、お貸してさしあげられませんし……」
「キャイーン! か、勘弁して下さいよ……」
すかさずフィズリンが人狼の尻尾を踏んづけつつ突っ込んだため、こりゃたまらんとばかりに、ダオニールは慌てて人間形態に姿を変えた。
「てかさあ、そこまで帽子にこだわる必要はないんじゃないの? あれはやっぱりルセフィを指していた言葉だと思うんだ」
「そう……まあ、テレミンがそう言うなら……でも……」
ルセフィがまだ瞳を揺れ動かして躊躇していた時、おさまっていたと思われた山風が突如激しさを増し、彼女のマントを引きちぎらんばかりに吹き抜けた。
「きゃっ!」
「ん? 何だあれは?」
続く一迅の突風と共に、何か見慣れたものがルセフィの眼前にふわりと舞い降りた。
「こ、これって……」
「ルセフィ、すごいや! 君の青い帽子だよ!」
「ほう……神様が気を利かせてくれたんですかね?」
「確かにここは運命神様の御膝元ですしね」
皆が口々に奇跡を称賛する中、意を決したルセフィは胸にずっと抱いていたモフモフをフィズリンに手渡すと、足元の青い帽子を拾い上げ、砂を払うと可愛らしい小さな頭に目深く被せた。
「行きましょう、リルピピリンさんの元へ!」
「「「はい!」」」
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