カルテ93 ハイ・イーブルエルフの密やかな悩み その10
「お、おおおおおおおおおっ!?」
突如、本多が2オクターブほども高い声で悲鳴に似た叫びを発したため、イレッサは我を取り戻すと、「今度はなんなのよ、もぉ!」と再び彼に詰め寄った。
「いや〜、こりゃ間違いなくアレだわ〜。エウレカ7だわ〜。ナイス! エクセレント! トレビア~ン! オブリガード! もやしもん!」
上気した本多は意味不明な単語を言葉のサラダのように次々と撒き散らし、感激に浸っている様子だったので、イレッサは仕方なく彼を椅子から突き飛ばすと、再度顕微鏡の観察者となった。
「こっ、これは……!」
そこでイレッサも本多と同様言葉を詰まらせ、全身が凍りつくような感覚に襲われた。そこに映っているものは、まるで崩れかけた石垣のような、いびつな半透明の四角形が延々と積み重なっている不思議な光景だったが、彼が驚いたのはそんなものに対してではなかった。その薄い膜で囲まれた扁平な四角形の内部に、先ほど自分の皮膚の中にいたのとまったく同じ二重螺旋の構造を持つ黒い紐状の節を持つ生物が鎮座していたからだった。
「あいててて、もうちょっと優しくしてくださいよ〜」
ぶつくさ不平を漏らす声にイレッサが顕微鏡から顔を上げると、ちょうど起き上がってきた本多と目が合った。
「だって、あなたの魂がどこぞの異世界にトリップしてて、言っても聞かなかったからよ〜、ごめんあそばせ。それにしても、何故護符なんかを調べたの?」
イレッサは本多を軽くいなすと、早速気になっていたことを質問した。
「えっと、話せば長くなりますが、僕自身はこちらの世界の人間で、魔力なんてものは一滴たりとも持ち合わせておらず、魔法はからきし使えませんが、そちらの世界の皆さんがしょっちゅう使われるという護符魔法とやらに興味を持ちました。これってはるか以前はなかったようですが、いつの頃からか広まり出して、今や一般人の方も普通に使うほど普及したんですよ」
本多はイレッサに対してというよりも、まるで探偵に重大な秘密を打ち明ける依頼人のように、背筋を伸ばし、真摯な表情で語り始めていた。
「……」
イレッサは、余計な茶々は入れず、静かに耳を傾けていた。きっと、これは自分たちの世界を揺るがしかねない重大な告白に違いない、と彼の本能が告げていたから。
「奇妙なのは、護符の色でした。護符は何かの動物の皮をなめして作られているようですが、そのどれもが赤やら青やら黄色やら、必ず着色してあり、人工的に色を着けてないものは一枚もありませんでした。中に封じられている魔法の種類や属性などによって色が異なると、以前受診された護符師さんがおっしゃっていましたが、あまりの丁寧な仕事ぶりに、僕はとある疑惑を持ちました。これは、あえて加工を執拗に行うことによって、元の皮が何の生物のものなのか、わからないようにしているのではないのか? 何故なら、その護符師さんも、護符の元になった動物を知らず、他の誰もがわからなかったからです」
「……!?」
話を聞きながら、イレッサは心の中に何やら冷たくて黒々としたものが広がっていくのを感じた。確かに今まで護符を見たことは何回かあるが、皆なんらかの色彩に染まっていたように記憶している。人間の街で護符師に勧められて始めて手に取った時は、まるで民芸品のような出来栄えに関心を示したものだったが、本多の語り口に触発され、その当時の記憶がまざまざと蘇ってきた。あの瞬間、何とも言い難い凄く不快な気持ちをごく僅かだが覚えなかっただろうか……?
気のせいに過ぎないと笑い捨て、自分には護符など必要ないからと買いもせず、その後すっかり忘れてしまっていたが、どうやら記憶の奥底でその違和感はずっと冬眠中の蛇のようにとぐろを巻いて潜んでいたようだ。
「ちなみにいろんな方に確認したところ、全ての護符は符学院という護符師のための学校で作成し、護符師がそれに魔法を封呪して販売しているとのことでしたが、どうやって造っているのかは、どなたに聞いても判明しませんでした。一つの組織がある技術を独占するときは、必ずそこになんらかの秘密が生じます。元来好奇心旺盛な僕は、いつしかそれを知りたいと強く願うようになりました」
そこで本多は言葉を区切ると、長く長く息を吸い込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます