カルテ49 符学院の女神竜像 その3
「お前ら、そこでしばらく反省しろ!」
プリジスタ、ソル、リオナの三人は、怒りに燃えるカコージンによって、まとめて学院の奥にある資料室にぶち込まれた。室内は薄暗く、木製の本棚が所狭しとそびえ立ち、その中には羊皮紙製の本が無数に並んでいた。本は、符学院の歴史について書かれたものや、貴重な護符の一覧とその封呪法、歴代の学院長の回顧録など多岐にわたっていた。
「うわっ、埃くさっ!」
プリジスタが可愛らしい鼻をつまんで眉をしかめる。
「まったく、だからやめた方がいいって言ったのに……」
「うるさい、あんただって一緒に笑ってたでしょ!」
「不可抗力だよ! あんなの見れば誰だって吹き出しちゃうよ!」
「二人とも、静かに」
三人組の中で唯一笑わなかった黒髪娘が、本の背表紙を見つめながら衣擦れよりも小さく囁く。
「ど、どうしたってのよ、リオナ」
「あんまりうるさくすると、またあいつが来るけれど、それでもいいのですか?」
「嫌です……」
「わかればよろしい」
まるで年長者のごとく同級生を諭しながら、リオナは何故か本棚に手を伸ばすと、本を片っ端から抜いてはパラパラっとめくって読んでいく。
「な、何やってんのよ、あんた!」
「そうだよ、勝手に読んじゃまずいよ」
「何言ってるんですか、こんなチャンス滅多にない。何故自分がプリジスタの馬鹿な計画に従ったと思いますか?」
「馬鹿って……そりゃないわよ! いくら幼馴染だからって!」
「そうだよ、馬鹿どころか大馬鹿で大間抜けで無理無茶無謀のルーン・シーカー以上の命知らずのトンマだよ! 退学にならなかったのが奇跡だよ!」
「おい!」
「……つまり自分が言いたいのは、わざとあいつを怒らせたら、多分懲罰房代わりに使われているここに閉じ込められるだろうし、貴重な資料が読み放題だと考えたのです。この場所は宝の山ですよ」
「な……なるほど、結構腹黒ね、あんた」
「普通賢いって言うよ、そういうの!」
「一々突っかかるわね、このお坊っちゃまは!」
相変わらず言い合っている二人を尻目に、冷静沈着を絵に描いたようなリオナは恐るべき速度で本を読み進めていく。
「……結構凄いわね。ところでこの中に、エリザス先生について書いてあるものとかってないの?」
いつの間にか口喧嘩をやめ、リオナの真剣な姿に見惚れていたプリジスタは、つい質問していた。
「さぁ、そんな資料は無さそうですが、何故ですか?」
「実はエリザス先生って結構な大酒飲みで、教員宿舎で隠れて飲んでいるみたいなのよ。この前の熱帯夜、眠れなくてこっそり学生宿舎を抜け出して外で涼んでいたら、窓越しに先生が一杯やってる姿を目撃しちゃったの」
「さすがファンクラブという名のストーカー……」
「何ですって、この異邦人の山猿め!」
「だってそうじゃないか! でも、確か宿舎って禁酒禁煙だったよね?」
「結構ストレスとか溜まっているんじゃないの? 何しろあれほどの美貌の持ち主で、言い寄る男は花に群がる虫よりも多いっていうのに、今までことごとく袖にしちゃってんだから。きっと何か人に言えない事情があるに違いないと、この名探偵プリジスタ様は睨んでいるわけよ」
「人の秘密を暴くのなんて、良くないよ……」
「何よ、良い子ぶっちゃって。あんただって美人教師の真実の素顔を拝見したい気持ちはあるでしょ? ねぇ、リオナのお爺様は伝説の大盗賊だったって私のお父様から聞いたことあるけど、本当なの?」
家族ぐるみの付き合いがあるため、プリジスタは遠慮なく、本を読み漁る幼馴染みに尋ねた。
「盗賊ではなく、護符専門のトレジャーハンターなのですが……」
「似たようなもんよ。やっぱりあんたの手先が器用なのも、お爺様から訓練を受けたせいなの? 彼からなんか学院の噂聞いてない?」
「まぁ、いろいろ付き合わされましたからね。それよりも、導師会議のメンバーでもある大富豪ガーランド家の御息女であるあなたの方が、その手の情報には詳しいのでは?」
「うーん、それがねー、お父様にしな作って吐き出させようとしてるんだけど、『お前の成績がトップテンに入ったら調べてやる』なんてあしらわれちゃってんのよー」
「絶望的条件だ……じゃぁ、こんなことしてちゃダメじゃないか!」
「うるさいわね、それとこれとは別よ!」
「二人とも静かに、誰か来ます」
再びリオナが、性懲りなくコントを繰り返している二人に注意する。
「あんた、耳もいいのね……誰かしら?」
「静かに……どうやらカコージン先生の靴音とは違いますね。もっと体重の軽い、女性のような……」
その時、ガチャっと鍵を回す音が埃だらけの室内に木霊したかと思うと、ドアがギシギシと軋みながら開かれた。
「立て付け悪いわね、ここ……おーい、子供達、元気かーい? 教師権限でもう解放してあげるから出ておいでー」
「エリザス先生!」
プリジスタは喜びの声を上げながら、猪のごとく彼女に突進していった。
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