カルテ48 符学院の女神竜像 その2
その日の昼休み時間、食後にプリジスタはリオナに声をかけ、嫌がるソロの首根っこを引っ張りつつ、大鐘楼に面した学院の庭園へと向かい、茂みの中に潜んだ。
「いた、いた!」
亜麻色の髪に葉っぱを絡めながら、彼女は喜びの声を小さく上げた。女神竜像の足元を取り囲む花壇に、漆黒のローブを纏ったエリザスが、銀色の如雨露で水をかけていた。飛散する水滴に反射した正午の日光が彼女の周囲に光輪を描き、まるで聖者を描いた一幅の絵のようだった。
「ほら、ソル、私の言った通りでしょ? 毎日この時間に、エリザス先生は必ず水やりをするのよ」
「へぇ〜、よく知ってるね……」
「そりゃエリザスファンクラブ第1号なんだから当然よ! グルファスト王国から留学してきたあんたにゃ分からないでしょうけど、この国じゃぁ先生は国民的英雄で、ご尊顔を拝するだけでも光栄なのよ!」
「んな大袈裟な……」
「しっ、二人とも。誰か近づいて来る……」
一人黙っていたリオナが、両の手を使って、だべっていたプリシスタとソルの口元を塞いだ。
「ムムム……」
正午の日差しを浴びながら、金色に揺れる戦艦のような髪の毛が庭園へと向かってくる。
「キターっ! にっくきカコージン! リオナ、ちゃんとあいつに情報流してくれたのね! ありがとう!」
プリジスタがリオナの手のひらをはねのけながらも礼を述べる。
「ええ、あなたのいう通り、エリザス先生の行動について、先程の実習時間中に世間話に紛れ込ませてそれとなく伝えておきました。カコージン先生は急に鼻息を荒げていたく興奮なさっていました」
「よしよし、まずは最初の関門突破ね。では、今から作戦を開始する! よいか、皆の者!」
「作戦って、単にカコージン先生に恥をかかせる嫌がらせでしょうが……僕はあまりやりたくないんですけど……」
「何弱気なこと言ってんのよ!? 私の可愛いおでこの痛みの恨みを晴らしてくれないの、この恩知らず! この国に来たばかりで不慣れなあなたに見かねて今まで散々助けてやったっていうのに!」
「まあ、その点については感謝してますけど……」
「二人とも静かに」
再び小さな二つの手のひらが、聞き分けのない少女と少年の唇に当てられ、蓋をする。
「ムググ……ムムっ!」
庭園内に侵入した金色頭が一直線に花壇めがけて突き進んでいき、片手を上げて金髪美人に挨拶する。彼女の方は軽い会釈で返したようだ。
「ムフフ……」
プリジスタは、そのままでいれば可愛い顔を、邪悪なゴブリンのように歪めて醜悪な笑みを浮かべた。
「精が出ますな、先生。今日はいいお天気ですね……」
涼風に乗って、茂みまでタフガイの声が聞こえてくるが、当たり障りのない普通の会話ばかりで、面白みにかけることこの上なかった。
「まったく、とんだチキン野郎ね。抱け、抱けーっ!」
またもや手をどかして、我慢出来ないプリジスタが、訳のわからないことを口走る。
「やめてよ、目的が違うでしょ!」
「ムッ、そういやそうだった。恥をかかせてやるんだったわ。よし、今こそお小遣い貯めて買ったこれを使うとき!」
彼女は懐から薄緑色の護符を取り出すと、小さく解呪を唱えた。
「カタプレス!」
突如、護符が淡く光り、突風がやや緊張気味のカコージンの頭部に向かって襲いかかる。
「うぎゃーっ、な、なんだ一体!?」
慌てふためく男性教師の頭から、メキメキと音を立てて金色の頭髪が丸ごと引き剥がされると、そのまま風に舞う木の葉のごとく空の彼方へと飛んでいく。剥き出しとなった哀れなツルツル頭の頭上に、真昼の陽光が降り注ぎ、光の護符でも使用したかのような爆発的な輝きを生み出した。
「ギャハハハ、やっぱりヅラだ!」
これには堪らず、プリジスタとソルは腹を抱えて爆笑し、リオナは深いため息を吐いた。何故なら……。
「くぉら、クソ餓鬼どもめ!」
笑い声に気づいたカコージンが、一瞬で茹でタコのようになった頭から湯気を上げて、こちらに突進してきたからだった。
「うう、故郷のお父さん、お母さん、ごめんなさい、こんな不良女に関わったばっかりに……」
一気に笑いやんで真夏の海の色よりも青ざめた顔面と化したソルは天を仰ぎながら血の涙を流し、「誰が不良女だ、こら!」というプリジスタの罵声も耳に届いていない様子だった。
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