カルテ83 新月の夜の邂逅(前編) その6

 闇夜をつん裂き、必殺の矛の群れがマンティコア一行を串刺しにするまで後数秒。


「くそっ、数羽程度なら何とかなるのじゃが、これだけ数が多いと、全ては防ぎきれんわい!」


「弱音を吐くなエロ獅子! 生き残ったなら特別に私の胸の匂いを嗅がせてやる!」


「せめて揉ませてくれてもよかろうに……って、んん!?」


 牙をむき出しにし、鋭い爪を構えたフシジンレオが切り裂こうとした先頭のカミナリ鳥の胴体に、いきなり下方から飛んできた矢がサクっと突き刺さった。と見る間に後続のカミナリ鳥全てに矢の雨が襲いかかり、一羽残らず見事に身体を貫かれて、撃ち落とされていった。


「な、なんじゃ一体!? これが噂のモテ期ってやつかいのう!?」


「錯乱し過ぎだぞフシジンレオ! しかし、これは凄い……かなりの手練れの技だな」


「あっ、誰か出て来ますよ!」


 シグマートの指し示すとおり、枯葉色のマントを羽織り、同色の長袖シャツとズボンに身を包んだイーブルエルフが、森の中から村の方へと姿を現した。ちなみに足はサンダル履きだ。特筆すべきは頭部で、緑色のモヒカン頭をしており、眉毛はなく、顔面には蔦をモチーフにした刺青まで彫られていた。通常時なら絶対関わり合いになりたくないタイプだ。


「ふーっ、どうやら上手くいったようね。お空の同族さーん、無事だったー?」


 明らかに男性の野太い声音で、その危険人物が艶めかしく話しかける。


「ぐむっ、まぁ……大丈夫だ」


 ミラドールは命を救われたにも関わらず、全身に怖気が走るような気がして、つい視線を逸らした。下手をすると構えたままのクロスボウを、彼めがけて発射したくなる衝動をかろうじて抑えながら。


「お、お前はイレッサ! 生きていたのですか!?」


 オダインが初めて怯えたような素振りを見せ、一歩後退する。


「残念だけどあれくらいじゃ死なないわよーん、黒頭巾ちゃーん。さぁ、あたいと仲間たちがヒーローよろしく駆けつけたからには、これ以上のおいたは許さないわよー」


 彼……いや、イレッサと呼ばれた異形のイーブルエルフは、手にした黒いクロスボウをフリフリする。


「くっ、多勢に無勢ですね。カコージン、リントンを連れて、一旦戦略的撤退しますよ!」


「は、はい!」


 オダインが、どこぞの穴兎族の戦士のようなセリフを苦々しげに吐き捨てると、ようやく踊るのをやめたカコージンが、慌てて命令に従いぶっ倒れたままのリントンを担ぎ上げた。


「では、さらばです」


 そのまま黒尽くめの連中……符学院の教師たちは、後ろも振り返らずに、燃え落ちた家々の間をすり抜け、闇が横たわる森の奥へと消えていった。


「ミラドールさん、あの緑トサカ頭のオカマは知り合いですか? 助けてもらってなんですけど、友達は選んだ方がいいですよ」


 さっきの仕返しとばかりに、やけにニヤニヤ笑いながら、シグマートがひそひそ声でミラドールの尖った耳に囁きかける。


「断じて違う! だが、噂には聞いたことがあるぞ。あの独特の入れ墨は、最も深き森に住むという伝説の妖精族……ハイ・イーブルエルフに違いない!」


「な、なんだって……!?」


 今まであざ笑わんばかりだったシグマートの表情が、電撃に打たれたかのような驚愕のそれに瞬時に変わる。


「どうしたんじゃ、坊?あの大根みたいなのがそんなに大した代物なのか?」


 男のイーブルエルフには欠片も興味がないといった態度丸出しだったマンティコアが、意外にも食いついてきて、少年の方に太い首を向ける。


「ええ、ハイ・イーブルエルフとは、独特の魔法文化を持つ稀有な一族です。彼らは護符や神の奇跡に頼らず、単独でなにも使用せずに、魔法を使うことができるのです。かなり強力なものを行使できる者も多いと聞きます」


「げぇっ、それは凄いのう、あの変態っぽいやつがねぇ……」


 自分自身も相当の変態であるマンティコアが、びっくりした様子で眼下のモヒカン頭を今までとは違った目で見つめた。


「おーい、そろそろ降りてらっしゃーい、子猫ちゃんたち」


 陽気にクロスボウをブンブン振るオカマ声が、徐々に煙が薄らいできた黒焦げの村中に木霊した。


「長い夜になりそうだな……」


 ミラドールは半ば崩れかけている、玄関に白猿の生首のかかっている家に目をやり、重いため息を一つ吐いた。


(次の更新は4日後の3月25日になります)

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