カルテ227 伝説の魔女と辛子の魔竜(後編) その8
「ふう、やれやれ、ちょびっと焦っちまったぜ」
「何だかよくわかんニャいけど、助かったニャ!」
「見事な腕前じゃな。ひょっとしてイノシシも、あの吹き矢で仕留めたのかのう?」
辛くも生命の危機を脱してホッとした一行は思い思いにつぶやくも、一人エリザスのみは、ただひたすら胸の内で黙考していた。
(あの女性こそエミレース姉さんに見えるんだけど……どうやって魔獣形態から人間の姿に変化することが出来たんだろう? 理論上知っていた私でさえ結構手間取ったというのに……そしてなぜ、かつどうやって医師の真似事なんかやっているんだろう……わからないわ……)
「……皆さん、お怪我はありませんでしたか?」
どことなく無機質な女性の声で再び思考の膜を破られ、エリザスは仲間と一緒に「いいえ、何ともないです」と脊髄反射的に答えてしまった。
「……おはようございます、ローガンさん。ところでこちらの方たちは?」
くだんの女性は木々を吹き抜ける風に黒い長髪を夜の川面のように揺らめかせながら目と鼻の先に近づいており、澄んだ灰色の瞳でフードの奥からこちらを見つめていた。
「あ、はい。何でもわざわざザイザル共和国から来られたそうで、銀竜退治の現場を見届けたあなたの口から当時の状況を是非知りたいとのことで……」
「……まあ、そうでしたか。それはご苦労様です」
まったく感情の感じられない声音で答えると、彼女はフードを被ったまま一同に軽く頭を下げた。
「皆さん初めまして。私は魔女ことビ・シフロールの弟子のエナデールと申します。以後お見知りおきを」
「あ、これはご丁寧に。俺は旅の吟遊詩人の……」
と、ダイフェンを皮切りに、一行は自己紹介モードに突入していった。
「初めまして、ロラメットの符学院で講師をしていた護符師のエリザスという者です」
しんがりをエリザスが務めるも、首を垂れつつちらりと見たところ、エナデールの表情は仮面の如く微塵も変化しなかった。そう、眉一つ。
一同が案内された小屋は、そこだけ林の中にぽっかりと開けた空地にひっそりと建っていた。
居間兼台所と寝室、そしてトイレという、極めて機能的ではあるがこじんまりとした造りで、居間のテーブルを取り囲んでホストのエナデールと客人合わせて七名が座ると、超満員状態となってしまった。
寝室に続くドアは開いており、中には簡素なベッドが一つと、両開きの扉のついた大きな木のタンスが一つあった。素人が造ったと思う無骨なタンスだったが、部屋の四分の一ほどを占める大きさが、この小さな家には不釣り合いだな、とエリザスはやや疑問に感じた。また、ベッドの傍に幼い子供用の服が落ちているように見えたが、気のせいだろうか?
「……狭くてごめんなさいね」
無表情に謝りつつも、エナデールは水と果物を出すのもそこそこに、早速とばかりにピートルの診察を開始した。
「別に大丈夫だし、今日はしなくてもいいよー」と軽く抵抗する少年を、「……ダメです。これから寒い季節に入るんだし、定期検診は大事なのよ」と説得しながら、有無を言わさずするすると一同の前で全裸に剥いてしまった。
麦わら帽子の下から現れた金髪が、窓から差し込む日の光を受けて透き通るように輝く。
「は、恥ずかしいよー」
「……これくらい我慢しなさい」
室内でも相変わらずフードをしたままだったが、ローブの裾を捲り上げて細い二の腕をあらわにしたエナデールは、慣れた手つきで少年の青白い素肌をくまなくまさぐり出した。
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