カルテ260 エターナル・エンペラー(前編) その5
ラベルフィーユというエルフの女性が仲間を呼んできて、傷ついた少年を川原から運んできた場所はアクテ村といった。そこは森の木々の上に作られた小屋が立ち並ぶ変わった様式の村で、エルフのみが住んでいた。危険な動物や魔物から身を守るためこのような暮らしをしているのだと、寝たきり状態の少年にラベルフィーユは教えてくれた。少年の左手と左足は残念ながらどちらも骨折している様子で、添え木を当てて布でグルグル巻きにされ、彼女の家で看病されることになった。
どうして助けてくれたのかと少年が聞くと、「あんな場所で怪我して倒れていたら、誰だって放ってなんかおけませんよ。いくら人間と交流が少ないとはいえ、別に敵同士ってわけじゃありませんし」とラベルフィーユは陽の光の如く暖かく、母親のように全てを包み込む表情で答え、何故か少年のモジャモジャ頭を優しく撫でた。うぶな少年は爪先から頭のてっぺんまで真っ赤になり、それ以上何も言えなかった。
「さ、これを飲んでお休みなさい」
ラベルフィーユは木の椀を手に取ると、中に入った緑色のどろどろした汁を彼に勧めた。その独特な匂いに思わずむせそうになるも、断るわけにもいかず、目を閉じて一気にぐっと飲み干す。想像に違わぬ吐き気を催すほどの苦い味が喉を駆け抜けるのに閉口するも、しばらくすると明らかに痛みが和らいでいく感覚があり、彼は目を見張った。
「凄い! これは一体何なんですか!?」
「あれは柳の木の皮を煎じたものと、ハリブキの茎の皮を削ったものを合わせて作った秘伝の薬草茶よ。もっとも強い力を持つといわれるレシピで、疼痛を癒すほかに様々な病を治療すると言われるわ。エルフの間に伝わる昔話によれば、傷ついた熊がハリブキの茎に歯を立て、その汁を傷口に擦り付けている姿を見た者がおり、同じように試してみると非常によく効いたと言われるの」
「そんな大事なもの僕なんかに教えちゃっていいんですか?」
美貌のエルフがささらめく川の流れのように涼やかに少年に門外不出の知識を披露するので、彼は逆に心配になった。
「あら、これくらい平気よ。あなた可愛いし髪の毛ワシャワシャしたいし許すわ……っておっと、今のは聞かなかったことにしてね」
苦笑いしながらラベルフィーユが腰を上げる。つられた少年が痛みの薄れた首をややもたげて小屋の中を見回すと、そこには様々な植物の葉や茎や根を干して束ねた物が精緻な造りの木製の家具の上に所狭しと積み上げられており、薬草師の家顔負けの様相を呈していた。
「すごい量の薬草ですね……」
「でしょ? 実は人間や他の種族の薬草師たちに薬の知識を手ほどきしたのは私たちエルフのご先祖様だそうよ。伝説の白亜の建物にだって負けないくらいの力を秘めたものだってあるんだから」
ちょっと自慢気に鼻を鳴らすラベルフィーユの姿は、普段は大人しくて清楚な美人がたまに予想外の行動を取ると魅力的に見える、いわゆるギャップ効果抜群で、少年はますます魅了の底なし沼に落ちていった。
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