カルテ259 エターナル・エンペラー(前編) その4
深山の秋の夜空は、昼間と同様に高かった。数日前の誘拐騒ぎのような強風はなく、たとえ風があったとしても、木の葉も踊らないような微かなものだった。天空には赤い尾を引く長大なほうき星が、地上のファロム山の大雪渓を煌々と照らしていた。
「さっすが山の空気は澄んでいて星が良く見えますねー。皆さん、あれがオーファディン彗星ですよ。千年前の天文学者オーファディンが、千年後に再び現れると予言した伝説の星です!」
やや興奮気味の少年ことテレミンが、夜空を見上げて一同に声高らかに説明する。
「ほほう、中々壮大ですな。しかし何だか血のような不吉な色合いですね」
先頭を歩く初老の紳士こと人間形態のダオニールが、少年の言葉につられて赤い彗星を眺めながら白い息とともに感想を吐き出した。
「お二人とも、上なんか見ないでちゃんと足元を見て下さい。滑り落ちても知りませんよ!」
真剣な表情で、テレミンの後ろに続く女性ことフィズリンが怒りの声を投げかける。確かに現在一同の進んでいる雪渓は夜の寒気で凍り付き、どこもかしこも鏡のようにつるつるだった。皆が履いている足底に釘のついた特別な靴がなければ一歩進むのにも困難を極めただろう。
「そうよ、来るときみたいに無様な姿を曝したくはないでしょう?」と最後尾に君臨する少女ことルセフィがつぶやく。
現在彼女が纏っている茶色のコートはお告げ所付近の何でも屋で購入したものだ。以前着ていたお気に入りの青色のコートは無粋なミノタウロスとの戦闘でぼろクズと化してしまったため止む無く諦めたのだが、正直言って吸血鬼は寒さなど別に感じないので、見た目さえよければそれでいいかと割り切っていた。
「あ、あの時は、ここまで滑りやすいだなんて知らなかったんだよ! 夜中に雪渓を歩いた経験なんてなかったんだし」
テレミンが頬を頭上の彗星の如く赤らめて抗議する。山頂への往路では、勇んで先頭に立ったテレミンが即転倒し、結局人狼化したダオニールに手を引いてもらってテレミンとフィズリンの人間二人は何とかこの難所を突破したのだった。そうでもしなければ、犬のように四つん這いで進む羽目になっただろう。因みにルセフィは大コウモリに変身し、空路で難なく通過したのだが。
「それにしてもルセフィは今回はコウモリ化しないの? 何もわざわざ付き合わなくってもいいのに」
「あいにくあの帝国産の鈍牛のせいで魔力がだいぶ減っちゃったのよ、テレミン。変身するだけでも魔力は使うし、今後のためにも少しでも温存しておかないとね」
「そうでしたか、中々大変なんですね、吸血鬼も……」とフィズリンがため息を吐く。もはや完全にルセフィ付きメイドと化しているな、とテレミンは少しうらやましくなった。
「おや、皆さん。前方から誰かが近づいてきますよ」
突然のダオニールの言葉に、一同は息をのんで押し黙った。
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