カルテ27 山荘と冬の護符と亡霊騎士 その3
「おい兄さん、俺にも一つ解説頼むよ。この護符はいったい何だい?」
レルバックは、彼の息子を褒めるのに夢中になっている兄に向って呼びかけた。
「おお、それに目をつけるとは、中退したとはいえ、符学院に一応在籍していただけはあるな」
「中退は余計だよ! でも、俺も学院でいろいろな護符を見てきたが、こんな奇妙なのは見たこともねぇ」
「それはそうだろう。あの伝説の魔女、ビ・シフロールが封呪した貴重な護符だしな。時価にして、この館の他の財宝全て併せたよりもまだ高い値が付くほどの規格外の一品だ」
「なっ……」
いつもやかましいレルバックの口が開いたままメデューサにでも睨まれたように固まった。他の者も、慌てて奥に鎮座しているちっぽけな一枚の札に意識を集中した。
「昔、旅先で出会った黒いローブを着た老人から買い取ったものだ。なんでも死にかかっている恩人を助けるため、まとまった金がすぐにでも必要だとのことで、かなり割安で手に入れることが出来た。とはいっても結構な金額だったがな。老人は、これは魔女が苦心して作成した恐るべき力を秘めた『冬の護符』で、使うには膨大な魔力が必要だとのたまっていたが、話半分に聞いていた。珍しいものだとは長年鍛えた眼力で察したがな。
その後、知り合いの護符師に鑑定してもらったところ、確かに魔女の手になるものに間違いないとのお墨付きを得た。となると、あの謎の老人の言っていたことも、にわかに信憑性を帯びてきた。鑑定してくれた護符師は、言い値で買うから是非とも譲ってくれと興奮気味に訴えたが、わしはやんわりと断った。一介の護符師に出せる金など高が知れているし、これこそわしのコレクションに相応しい。それに、爵位不足で赤竜騎士団に入れなかったわしが、グルファスト王家の爆音の護符が鳴り響く有事の際に、国家に貢献できる切り札にもなり得るしな。これぞ、国宝と呼ぶべきものよ」
「へぇ……」
熱のこもった男爵の説明に、ただただ溜息しか出なかった一同だったが、一人レルバックの眼だけが、獲物を狙う猫のように、怪しく輝いていた。
そして一夜開けた今日、急にセイブルは所要のため、ふもとの村まで執事と出かけることになった。
「誠にすいませんが、帰りは明日の夕方になると思います。こちらに二泊三日のご滞在の予定だったウィルソン殿には誠に申し訳ありませんが、もう一日だけ予定を延ばして頂けませんか?」
朝食の席で、男爵は真剣な顔つきで、大きな体を這いつくばりそうなくらいに折り曲げ、子爵に謝罪した。
「なに、一日くらいかまいませんよ。な、ルセフィ?」
「ええ、お父様がいいというのであれば、私に依存はございません」
温和な父親の呼びかけに対し、コップを手に持つ娘の声は、彼女が喉を潤している水同様に冷ややかだったが、二人とも特に反対ではなかったためか、男爵の顔に笑顔が戻った。
ちなみにエバミール子爵親子は前日に山荘に到着したばかりで、本来なら明日には辞去する筈であった。
「それにしてもウィルソンの旦那もルーちゃんも、あんまり食が進みませんな~、ここの飯は不味いですかい?」
テーブルの隅でパクパクと黒パンを頬張るレルバックが、横目で子爵親子をねちっこく眺めながら居候らしからぬ発言をぶっ放す。
「父さん、さすがに失礼ですよ!」
憤って席を立ちそうになるテレミンを、ウィルソンが片手で制した。
「いえ、こちらこそ失礼いたしました。とても美味しい食事でありがたいのですが、何分親子ともども食が細く、あまり量をいただけないのです。申し訳ない。特に最近自分は酒も煙草も嗜めないくらい体質が変わりまして……」
「へぇ〜、昔は社交界一の酒豪で愛煙家とまで謳われたエバミール子爵殿がねぇ……」
「ま、それで空気のいいこちらへの滞在をお勧めしたわけですからな。レルバック、お前も謝りなさい」
「へいへい、ど~もすいやせんでした。何しろ成り上がりの男爵家の生れな者でして、礼儀作法が身についておらず……」
「なに、全然気にしていませんから、貴方もお気になさらず、レルバックさん」
柔和な表情でそう返すウィルソンだったが、その糸目は言葉に反してまったく笑っていなかった。
(そうだよ、兄貴が出かけるなんて言ったもんだから、俺は隙を見て、キーワードを唱えて扉を開け、まんまと護符を盗み出したんだ。だけど、なんでその瞬間に兄貴が部屋の奥から現れて、俺に怒鳴りつけたんだよ……)
消えゆく意識の中、レルバックは明らかに自分を嵌めた兄に対し、怒りを滾らせた。それでセイブルを突き飛ばし、館を逃げ出す羽目になったのだ。おまけに自分の一人息子さえ親を裏切り、兄の忠実な猟犬のように追いつめやがった。まったく、どっちが父親だかわかりゃしない。
(ま、でもあいつは俺より賢くて、要領がいいから、俺がくたばった後も、うまく兄貴に取り入って生き抜いていけるだろうし心配いらねぇな。何しろ兄貴は種無しだし……ケケっ)
凍てつく吹雪に全身を真っ白に染められて、男は嘲笑いながらこの世を去った。
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