カルテ263 エターナル・エンペラー(前編) その8

「おや、どうやら我々と同じ趣向の奇特な旅人たちが他にもいるようだぞ」


 ミラドールが前方の雪渓の影を見やる。ベテランの狩人の目と耳は、向こうの集団もこちらを察知したことに気づいていた。


「困ったわねー。このままじゃ、氷の上でごっつんこよ。地面の上なら大歓迎なんだけどねー、あ、もちろんいい男か女に限るけど」


「何言ってるんですか、イレッサさん。山道ではそれぞれ譲り合いの精神が原則ですよ。基本的には登る側が優先のことが多いそうですけどね。下りる側が先に動いた場合、誤って下に石とか落としたりしたら危険ですし。因みに転落防止のため下山側は山側に寄るそうですよ」


「とりあえずそんな些細なことは出会い頭に相談して決めればよかろう。少し風も出てきたようだし、先を急ぐぞ」


 ミラドールがイレッサとシグマートの二人を促すうちにも、着々と彼方の下山組は近づいてきた。




「どうも今晩は、美しいエルフのお嬢さん。少し寒いですね」


 先に声をかけたのは、下山組の先頭のダオニールだった。


「ああ、今晩は。確かに冷えるな」


 普段愛想のあまりよくないという定評のあるミラドールだったが、ここは奮発してぎこちない笑みを浮かべた。第一印象は大事だからだ。二組のパーティーの出会いが、この地の支配者たる運命神カルフィーナすら与り知らぬ、天地乾坤を揺るがす壮大な運命の悪戯だとも気づかずに。


 それはともかく、しばしの間、お互い押し黙ったまま、相手の連れの様子をさりげなく観察する。


(……顔のやや青白い少女が若干気になるが、特に問題はなさそうだな)


「ところでこの雪渓はまだ当分の間続くのかな?」


 山賊や追っ手の類ではないとわかってやや安心したミラドールは、肺が凍りそうなほど冷たい空気を吸い込むと、眼前の紳士に質問した。


(一番後ろの顔を隠したフードの人物があからさまに怪しげですが、ルセフィさんのように何か事情があるのかもしれませんし、いざとなればこの私がいますし大丈夫でしょう。敵意も今のところなさそうですし)


「そうですね、ここで丁度半分くらいでしょうか。雪渓を超えた先も厳しい岩だらけの道が続きますよ」


 対するダオニールも概ね危険なしと判断すると緊張を解き、慇懃に答えた。


「これはどうもご親切にありがとう。しかしこんな夜更けに下山されるとはさぞ大変だろうに。何か緊急のご用事でも?」


「いえいえ、それはお互い様でしょう、ハハハハハ」


「そ、それもそうだな、ハハハハハ」


 脛に傷持つ、というほどでもないが、後ろめたい者同士、向かい合って虚しく高笑いする、そんな姿に星の散りばめられた夜空を掃き清める彗星が、夕陽の如く赤い光を投げかけていた。

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