カルテ121 新月の夜の邂逅(中編) その4

「そうだ、やつらがイーブルエルフ狩りに出払った時を見計らって、こっちから符学院に夜襲をかけて施設とやらに侵入し、証拠を見つけ出すっていう作戦はどう? ばっちりでしょー! もちろんイーブルエルフ狩りの方の対策もした上でよ」


 イレッサは声高らかに名案を披露しつつ、サムズアップする。


「僕達とあなた方でですか? うーん……」


 シグマートは首を捻った。確かに夜間は日中に比べると学院の警備は手薄になり、せいぜい宿直の教師と教員宿舎の教師達ぐらいなので、一気に攻め込めば、あるいは可能かもしれない。だが……。


「宿舎に住んでいるリントン先生はともかく、オダイン先生はあの通り油断のならない人だし、彼らを遥かに上回る、伝説の魔女にも匹敵するという噂のエリザス先生もいますからね……密かにファンでしたが。彼らが全員狩りに出かけるとも考えにくいし、そもそもグラマリール学院長も、夜中にたまに学院長室に泊まっていると聞きますし、果たして勝てるかどうか……」


「なんじゃいなんじゃい、やけに弱腰じゃのう、坊主。そんな奴ら、吾輩がちょちょいのチョイと、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ……」


「さっきカミナリ鳥に串刺しになる寸前だったのに、貴様は強気すぎるぞ、駄猫」と調子に乗るマンティコアを、ミラドールが窘める。


「不安要素はそれだけではありません。ロラメットはさすがにザイザル共和国の首都だけあって、賊が学院に侵入したと知られたら、即座に衛視達が駆けつけるでしょう。その前に速やかに目的を果たさなければいけません。条件はかなりシビアです。また、符学院にはおそらく僕が存在すら知らない強力な魔法を秘めた護符が、まだまだ沢山眠っているはずです。そんなルーン・シーカーもびっくりの高火力兵器で薙ぎ払われたら、ひとたまりもありません。もっともそんな超危険物は、使用制限を設けられて、それこそ厳重に秘密の場所に保管されているとは思いますけどね。かの魔竜襲撃事件の時も、上層部が出払っていたのでほとんど何も出来なかったくらいですし。


 だからと言って油断は一つも出来ません。例えば先ほどのカミナリ鳥の護符も、自慢じゃないですけど成績優秀と言われた僕でさえ、初めてお目にかかりましたからね。一筋縄ではいきませんよ。あそこははっきり言って伏魔殿です」


「「「……うーん」」」


 またもや計ったように三人が同時に嘆息した。


「いっそガウトニル山脈にある運命神カルフィーナのお告げ所くんだりまで行って、御神託を承って、今後の方針を決めるっていうのはどーお? あなた達を勝手に仲間に加えちゃって悪いけど」


 もはや案に詰まって投げやり状態となったイレッサが、見るからに適当に呟きながら、執拗に焼き肉の串を舐め続ける。


「そんなもんがあてになるんかい? おっぱい占いでもあれば、喜んでいくんじゃが……」


「おい下種猫!」


 イレッサを見ながら明らかに食欲を失いつつあったミラドールが、苛立ったような声を出す。


「あーらフシちゃん、残念ながらそんなゴージャスでマーベラスな占いはないけど、けっこう当たるって評判いいわよーん。それに巨乳の巫女さんが常駐しているらしいわよ」


「皆、すぐ吾輩に跨れ! ガウトニルに向けて出発じゃ!」


 今まで部屋の片隅で寝転がっていたマンティコアが、俄かに四つ足ですっくと立ち上がる。


「落ち着け耄碌爺! もう夜中だ! それに、魔獣やイーブルエルフが、そのような聖域に立ち入れるわけないだろう!」


「まあ、フシジンレオさんは人間に化けられるし、ミラドールさんはそのままでいいとして、イレッサさんは……いろんな意味でアウトですね」


 一人酒の入っていないシグマートが冷たく総括する。


「ひどいわひどいわシグちゃんったら! こーんな清純なあたしのどこがいけないってゆーのよ!」


「そうじゃそうじゃ、巨乳巫女は男の永遠のロマンじゃぞ、少年!きっと占いと称しつつ、激しいダンスを踊って、いろんなものがポロリしちゃうに違いあるまいぞ!」


「なんかだいぶ論点がずれてますよ!」


「……はあ」


 もはや収集がつかなくなった乱痴気騒ぎを見て、ミラドールは頭を抱えた。

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