カルテ44 閑話休題 その2 マンティコアとクローバー その1
森の都ルミエール……ザイザル共和国の一地方都市で、緑豊かで洒落た木造建築が立ち並び、名物のワインの匂いが街中に漂い、妖精族や獣人族の姿も見受けられる賑やかな街……その広いメインストリートを、オウムの羽飾りを刺した黒い帽子を被った漆黒のローブ姿の少年と、同じく黒いローブをまとって杖をついた老人が、小走りになって急いでいた。
「ほら、あそこですよ、フシジンレオさん! 早く早く!」
「ちょ、ちょっと待ってくれんかのう、シグマート。我輩には、お主についていくのはちと厳しいわい。お年寄りを労りましょう!」
「おーい、ミラドールさーん!」
少年ことシグマートは、どんどん遅れる老人ことフシジンレオに構わず、前方を人混みに紛れて浮き沈みしている、萌黄色のフード頭に大声で呼びかけた。
「その声は……いつぞやの護符師の少年か?」
フードがくるりと振り向くと、流れるような白金色の髪と白磁のごとき素肌が、ちらりと陰から覗いた。
「やった! ようやく見つけましたよ! いったい今までどこにいたんですか!?」
「どこと言われても……いろいろあってな、故郷の村に帰省していたのだ。しかしあそこはここにあるような便利な道具類が無くてな、今日は買い出しと、猟で獲った獲物を売りに、久々に街まで出てきたのだ」
「そうだったんですか。いろんなエルフの村を訪ねましたがどこにもいなかったので、結局以前会ったここでずっと待ってたんですよ」
「そ、それはすまなかったな……」
「おお、確かに噂通りの巨乳ちゃんじゃのう。眼福眼福。これは良い冥土の土産が出来たわい」
「天下の往来で変なこと言わないでください!」
「なんだ、この汚らしいヒヒジジイは!?」
「すいません、変態で糞爺で怪しげでどうしようもない人なんですが、僕の旅の道連れのフシジンレオさんといいます。一応凄い能力を秘めているんですがね」
「ほう、人は見かけによらぬものだな」
「お前さんも、エルフのくせにそんな重たい肉球を二つもくっつけておっては大変じゃろう。我輩が、久々にぺろりと食べてやって……」
「おい少年、こやつをクロスボウの錆にしてもよいか?」
「どうぞやっちゃってください、じゃなかったやめてください! ていうか、すいませんが、この人のことでお願いしたいことがあって、ミラドールさんを探していたんです。実は、僕たちこの前『ホンダイーン』に出くわして……」
「なに、お前たちもあの白亜の建物を訪れたというのか!? ……何か変なことをされなかったか?」
「はい、爺さんの足をセクシーにされてしまいました!」
「???」
「ま、それはさておき、フシジンレオさんの病に効くのは腐ったスィートクローバーだと教えてもらったんです。ミラドールさんなら、群生地をよく知っているはずだと伺いまして……」
「なるほど、確かに私はあれのサラダが大好物なので、しょっちゅう摘みに行っていたが、とある事情で今は控えている。君の頼み事であるならば、連れて行ってやっても構わないが、そこの生ゴミのためとなるとな……」
「そこをなんとかお願い致します! ほら、フシジンレオさんからも何か言って!」
「よし、ボインのお嬢ちゃん! ここはストッキングなるものでキューっと締め付けられた我輩のセクシーな脚線美を拝ませてやろう! もちろんすね毛は剃っておらんぞ!」
「殺す! この老いぼれは絶対息の根を止めるから邪魔をしないでくれ、少年!」
「なんで逆に煽ってるんですか糞爺! 二人ともやめて! こう見えてもこのくたばりぞこないは僕の命を救ってくれたこともあるんですよ、ミラドールさん! だからすいませんが無理を承知で頼みます! 護符も付けますから!」
「……うーむ、そこまで言われれば仕方がない。死ぬほど嫌だが君に免じて案内してやろう。だが、ここからだと結構遠いぞ」
「そういうことなら任しときんしゃい! チェンジ・ビーストモード!」
メキメキメキっ!
「な……ななななななっ!?」
「うわーっ、やめて! こんな街中で変身しないで!」
突如昼間の混雑している大通りに出現した魔獣に、人々は恐慌状態となった。
「マ……マンティコアだと!?」
「逃げろーっ!」
「大変だ、少年と巨乳エルフが怪物にさらわれたーっ!」
「衛士を呼べ! 早く!」
大混乱の森の都を尻目に、二人を背中に乗せた赤き有翼の獅子は、紺碧の大空へと駆け上がっていった。
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