カルテ104 白亜の建物 その7
「ちょっと馬鹿にしないでよ! あれが白亜の建物ですって!? 単なるかまくらじゃない!」
目を三角にして憤慨するバイエッタをなだめるように、ルルと名乗る大コウモリは優しく囁いた。
「いえ、あれはこの世界での仮の姿です。白亜の建物はこちらの世界に出現する時、建物自体が移動するわけではなく、その場にある物を適宜使用して仮初めの形を取るのです。しょせん短時間しか存在することは出来ませんから」
「……へぇ、そういうものなの?」
まだ半信半疑の彼女を、空中の水先案内人は、「さ、早くしないと消えてしまいますよ。急いで! 考えるより感じなさい!」とよくわからない台詞で急かして、かまくらの入り口に押し込んだ。
「いらっしゃいませ。ユーパンからのお客様ですね?」
「じ、人狼族がなんでこんなところにいるのよ!?」
かまくらの中で直立不動している灰色の毛皮をまとった獣人を一目見たバイエッタは、驚愕のあまり心臓が真っ二つに裂けるかと思った。ちなみにかまくらはまだ奥に部屋があるようで、ランプの灯りがこちらまで差し込んでくる。
「人狼族はユーパン大陸では絶滅したとお聞きしましたが、我々側の世界ではまだ生存しているのでございます。私はダ……ダルメートと申します。以後お見知りおきを」
「はぁ……ご丁寧に、どうも。まぁ、人狼族が生き残っているのはわかったけど、あなたはどうして頭の毛だけ赤く染めているわけ?」
気を取り直したバイエッタは、ニワトリのトサカみたいになっている人狼の頭頂部を、細い指先で指し示した。
「なんでもこれが白亜の建物の受付けスタイルだとか……あいてっ!」
少女の側に待機していた大コウモリが突如尻尾に噛みついたため、人狼は悲鳴を上げた。
「勘弁してくださいよ、ルセ……ルルさん、吸血人狼になっちゃうじゃないですか」
「血を吸ってなくて、噛んだだけだから大丈夫よ。それよりよけいなことは言わずにちゃっちゃと受付けをすませなさい!」
「は……はい、わかりました」
まるで頭から血でも噴き出しているかのように見える獣人は、「まったく、いくら人手不足だからといっても、これはミスキャスト過ぎですよ……」と何やら小声でブツブツつぶやいた後、「では、今から問診票を作成しますので、あなたのお名前、種族、性別、年齢、体臭、好みの男性のタイプ、そして現在困っていることを教えてください」と妙な質問をしてきた。
「体臭と好みの男性のタイプって治療と何か関係あるの?」
「はい、非常に重要な項目でして……」
「また悪い病気が出たわね、この犬畜生めが! まったく良い匂いの女性に弱いんだからぁっ!」
「ウギャアアアアアアアアーッ! だから噛まないでーっ!」
深夜の林の中で、狼の遠吠えのごとき悲鳴が木魂し、眠っていた鳥たちが驚いて飛び立った。
「では、どうぞこちらへお入りください」
ボロボロになりながらも、なんとか問診を終了した人狼が、かまくらの奥の間に続く入り口を、毛深い右手で示す。
「はぁ……」
人狼と大コウモリに促されて入室したバイエッタは、白く染め上げたシャツとチュニックをまとって大きな石に腰かけ、「さ、寒い……」とガタガタ震えている、モジャモジャ頭の少年に出くわし、面食らった。
「は、はいい……そ、そうです……ホンダと申します……」
歯の根をガチガチ打ち鳴らして話す少年の鳥の巣のような黒い髪の毛はやけに不自然で、なんだか今にも外れそうに思えた。
「あの……失礼ですけどそれってひょっとしてカツラじゃ……」
「いえ、そんなことはありません! それよりよくぞおいでくださいましたバイエッタさん、あなたのご病気は……」
テレミンが次句を発する前に、「騙されちゃダメだよバイエッタ姉ちゃん! そいつら家に泊まっている化け物どもだ!」と甲高い子供の声が入り口の方から響いてきた。
「アルト! どうしてここに!?」
振り返ったバイエッタが、かまくらの外の、いるはずのない少年の姿を見て目を疑った。
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