カルテ57 符学院の女神竜像 その11
生きた蛇による内視鏡代わりの治療という前代未聞の珍事が診察室で行われていた頃、玄関ホールの待合室では、手持ち無沙汰の少年と少女が、彫像と化した医師と共に、ひたすら時間をつぶしていた。
「それにしても、僕たちこんなところでずっと待っているだけでいいのかな……?」
珍しい調度品を観察するのにも飽きたソルが、ソファーに座ったまま両手を組んで、やや難しい顔をしている。
「だって仕方ないじゃない、他に何ができるっていうの? あっちの部屋に一緒に入ったら、たちまち石像が増えるだけよ。ここで無事を祈っているのが関の山よ」
同じくソファーに腰かけて、白い両足をぶらんぶらんと行儀悪く揺らしながら、プリジスタがふくれっ面をしアヒル口を形作る。
「そりゃ、確かにそうだけど、例えば街に行って他の先生を呼んでくるとか……」
「そしてエリザス先生がメデューサだって学園中に知れ渡ってもいいっていうの!? そんなこと、ファンクラブ会長の私が断じて許さないわよ!」
彼女のアヒルのような顔が、突如デーモンもかくやというご面相に変わり、ソルは一瞬漏らしそうになったほどだった。
「……でも、だからってどうすればいいんだよ! リオナやこのお医者さんを治すためには、一旦全ての石化を解除しなければいけないけれど、そうすれば女神竜像も復活してしまうし、その時エリザス先生の状態が改善していて、再び一発で石化できるっていう保証はどこにもないんだよ! 今のうちにあの竜を粉々に破壊するのが、絶対ベストな選択なんだって!」
少年の熱弁に、根が単純な少女はころっと考えを改めそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「む……そういわれれば確かにそうか。悔しいけど、あんたやっぱり頭の回転が速いわね……じゃぁ、その優秀な頭脳をフル活用して、先生たちを呼ばずにこの難問を解決できる方法を考えなさい!」
「自分でもちょっとは脳みそ使おうよ!」
「うるさい! 私はこの時間はいつも熟睡中なので、頭を使うと美容に悪いの。私の野望は将来どこかの国の王子様と結婚することなんだから、美しさを保たないとダメなのよ」
「理不尽すぎる……」
プリジスタの自己中極まる発言に文句をこぼす少年だったが、とにかく少しでも事態を好転させようと、必死で思考をめぐらせた。
「プリジスタは、今日の昼に使ったような、攻撃魔法の護符は他に持っていないの?」
「あれ一枚で小遣い使い果たしちゃったのよ。まったく、あいつのヅラごときに使用したのが、今となっては悔やまれるわ」
「完全な無駄遣いだ……」
「やかましい! そういうあんたこそ、なんか使えそうな護符とか魔法のアイテムとか持っていないの?」
「親元を離れるとき何枚かは護符を貰ったんだけど、この状況に役立ちそうな物体を壊す系統のものはないんだよ、悪いけど……」
「何よ、あんただってダメじゃない」
「……」
偉そうにふんぞり返る彼女を不満そうに見つめながら、何か言いたげにしていたソルだったが、不意に視線を事務所の方に向け、何か閃いた表情になった。
「プリジスタ、あれ、何だと思う?」
「あれって……ハンマーじゃない?」
ソルの指さす方向を見て、彼女は退屈そうにつぶやいた。ユーパン大陸出身者の彼らは知る由もなかったが、事務机の上に転がっている金槌は、病院で生じた感染性医療廃棄物を保存するアルミ缶の蓋を叩いて封をするためのものだった。本来は戸棚にしまってあるはずだが、たまたま使った後出しっ放しになっていたのであろう。
「あれをちょっとの間拝借して、女神竜像を叩きまくってバラバラに出来ないかな?」
「ちょ、ちょっと無理言わないでよ! どんだけでっかいかわかってんの?」
「でも、座したまま何もしないでいるよりはずっとマシだと思うんだよ。少しでもダメージを与えておけば、後々有利になるだろうし……」
「……ふーむ」
少年の、一見無謀とも思えるアイデアを聞いているうちに、可燃性物質の塊のようなプリジスタのハートに火がついた。
「確かに、武器になりそうな物といえば手近にそれくらいしかないし、駄目元でやってみる価値はありそうね。でも、事前に練習しておいた方が良くない?」
そう言いながら、ずんずんとカウンターを乗り越え、勝手に事務所内に侵入した金髪お転婆娘は、ハンマーをひょいと手に取ると、電光石火のごとく、素早くソファーに引き返してきた。
「えっ、練習って何を……ってちょっとちょっと!」
「なーに、ほんのちょっぴり試すだけよ。この人、長いこと髪切ってなさそうだし、少しぐらいさっぱりした方がいいでしょうから……それっ!」
掛け声とともに、小悪魔的少女は右手に握りしめた鈍器を、考える人に似たポーズで固まっている医師の石像の後頭部に向かって、勢いよく振り下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます