カルテ129 猫娘とバイオリン弾き その3
エリザスは、声を上げる間も無く硬直した大ネズミの尻尾を折れないように気をつけながら握ると、瞬時に石化を解除すると同時に、自身もメドューサの姿から人間へと変わった。そしてネズミが呆気にとられて大人しくしているうちにゆっくり立ち上がると、「バレリンさん、これ!」とカウンターのドワーフに、戦利品を突きつける。
「はいよっ!」とばかりにバレリンは荷物袋をすかさず大ネズミに頭から被せ、袋の口をギュウギュウに縛り上げた。
「おおーっ!」と酒場中のアル中どもが盛大に拍手喝采し、酒場自身も酔っ払ったかのように揺れまくった。
「あーん、うちのネズミーっ!」と嘆く虎猫族の頭を無理矢理押さえつけ、「こら、ランダ、皆に謝るんだ! 酒場を滅茶苦茶にしやがって」と、バイオリン弾きは渋い声で怒鳴りつけた。
「ご、ごめんなさいニャ、ダイフェン。とっても美味しそうだったんで、つい……」
「だからって、あんなでかいやつ丸かじりするつもりだったのかよ!?」
「うるさいニャ、ダイフェン! もう舐め舐めしてやらないニャ!」
「へ、変なことを公衆の面前で言うな、バカ猫め! そんなことされたことなんかないぞ!」
「頬っぺたのことだニャ! 何処のことだと思ったんだニャ!?」
「まあまあお二人とも、気にしないで下さい。一番悪いのは勝手に入ってきたネズミなんですから」
酒場の主人がニコニコ笑顔を崩さず、言い争う楽師達に優しく語りかける。
「じゃあ、弁償しなくてもいいのかニャ? あいにくうちの旦那はこの前サイコロ賭博でスって現在一文無しの素寒貧だニャ!」
「お前、相変わらず余計なことを……」
「いえいえ、後片付けさえ手伝ってくれるなら、お金のことは気にしなくていいですよ」
穏やかで人情味に溢れる主人の背中から、後光が射しているかのように一同は感じた。
「ありがとうございます、おやっさん! ほら、お前も一緒に頭を下げろよ」
「わ、わかってるニャ! ちゃんと体で返すニャ!」
「意味わかってんのかテメエ!」
「こらこらお二人さん、痴話喧嘩せずに少し静かにしなさい。あたし達も手伝うわよ」
どつき合っている二人の背後にいつの間にか回り込んでいたエリザスが、間に割って入る。
「仕方ないのう、わしも手助けするか」
主人に荷物袋を渡したバレリンが、どっこいしょと、カウンターの椅子から床へと降り立つ。
「俺も協力するぜ!」
「面白かったし、お礼にいっちょやったるわ!」
酒場中の呑んだくれどもが、おしぼりを雑巾に変えて、床やテーブルなどを拭き出した。
「すまねえな、金髪の姉ちゃん。しかしあんた、どうやってあの化けネズミを捕まえたんだ?」
割れた陶器の皿の破片を摘み上げたダイフェンと言う名のバイオリン弾きが、興味深そうな眼差しを、傍らのエリザスに向ける。
「あ、あれは、実は特殊な護符を使ったのよ。私ってば、こう見えても、凄腕の護符師だったりするのよ」
エリザスは、何となく自分の金髪を弄りつつ、内心の焦りを押し隠して平静を装いながら答えた。
「へえ、凄いもんだな。護符師だったのかい、あんた」
「あんたじゃなくて、エリザスよ。ところで、私もちょっとあなたに聞きたいことがあるんだけれど、この後時間ある?」
「あなたじゃなくて、ダイフェンだ。時間はあるから別にいいけれど……」
「こら、ダイフェン! 何コソコソ話ししてるニャ!? 浮気したら殺すからニャ!」
床のエールの染みを雑巾でゴシゴシ擦っていたランダという獣人が、急に振り返ると、フーッと怒りの息を吐き、全身の毛を逆立たせた。
「あいつ、俺の嫁なんだよ。そういうわけで、そこんとこよろしく」
「ほう、人間と獣人の夫婦か。最近たまに見かけるが……面白そうじゃから、わしも話に加えてくれんか?」
興味を持ったらしいバレリンが、椅子の汚れを拭きながら懇願してきた。外からは相も変らぬ祭りの音楽が、夕風とともに店内に流れ込んできた。
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