カルテ254 伝説の魔女と辛子の魔竜(後編) その35

「吟遊詩人さんのおっしゃる通りです。初めはピートル君の療養のためだけに、この辺鄙な場所に住むことにしましたが、先ほども申し上げた通り、やがて噂が広まって白血病の方がこの地を訪れるようになったのです。全ての薬草師やライドラース神殿の神官に見放された病をどうしても治してほしいと懇願され、私は腹を括りました。今までの罪を償うためにも、また、人々を救うためにも、この森の中に定住し、第二の白亜の建物となろうと」


「……」


 洞窟内を渡る風に銀の髪をなびかせ、魂から迸るかのような台詞を吐くエミレースの気迫に、皆感に耐えかねたように黙したまま、その場に佇んでいた。


「……凄いニャ! でもあの小屋は、白亜というよりはどっちかというと茶色だったニャ」


「バカかランダ、そりゃものの例えってやつだろうが」


「バカっていうニャ、バカ旦那!」


「ホッホッホ、なんならわしが、ちょちょっと壁を白く塗り替えてやってもええぞい」


「あ、あんたらねえ……」


 シリアス状態が一分と持続しない仲間たちに痛罵を浴びせたい気分のエリザスだったが、いくら言っても無駄だと思いなおし、我慢した。


「フフフ、なかなか愉快なお友達ですね、エリザス」


「……まあね、けっこう楽しい毎日よ。ちょっと疲れるけど」


 ひきつった笑みを浮かべながらエリザスが振り向くと、いつの間にかエミレースとエナデールは両者とも黒いローブを身に纏い、フードを被る寸前だった。髪の毛を隠してしまうと、二人は双子よりも判別が難しいだろう。最初エリザスが惑わされたのも無理ないことと思われた。


「さあエナデール、そろそろ皆さんと一緒に小屋まで引き返してください。私はここに残ってこの子の様子を見なければいけませんから」


 眠る少女を愛おしそうに見つめながら、エミレースが囁き声で下知する。


「承知しました、マイマスター……」


「待って、お願いがあるの、エミレース姉さん!」


 刹那、エリザスがかつてない真剣な表情で主従の間に割って入る。


「どうしたのです、エリザス?」


「自分もここにおいてください! この辺境の地で姉さんを助け、一緒に病気の人たちの面倒を見たいの!」


「え……!?」


 妹の突然の申し出に、常に穏やかな様子だったエミレースも絶句した。


「何をバカなことを、とあっけに取られているでしょうね。でも、姉さんの過酷な話を聞いて、心に思ったの。私が姉さんを探して方々旅してグルファスト王国の山奥くんだりまで来たのは、このためだったんじゃないかって」


「どういうことです?」


 エミレースの落ち着いた優艶な声が、先を促す。エリザスはごくんと唾を飲み込み、意を決した。


「そもそもエミレース姉さんがこんな悲惨な運命をたどったのは自分の責任だし、共に罪滅ぼしをしたいという気持ちがあったの」


「それは違いますよ、エリザス。ポノテオ村を蹂躙したのは私の業。あなたは何も関係ありません」


「いいえ、話させて姉さん! それだけじゃないの!」


 エリザスが張り上げた声が、洞窟内に反響した。

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