カルテ253 伝説の魔女と辛子の魔竜(後編) その34

「……というわけで私は本多医師に徹底的に医学知識を詰め込まれ薫陶を受けた後、村人の手を借り村からやや離れた場所に小屋を建て、ピートル君の治療に当たったのです」


 銀龍はそこまで話して一息つくと、銀糸のごとき髪の毛を眠れる少女の腕から引き抜いた。途端に竜を中心に凄まじい閃光が辺りに放たれ、無数の光の剣が見る者の瞳に突き刺さる。


「うわっ!」


 一同があまりの眩しさに目を塞いだ後開眼すると、なんとそこには全裸のエナデールがもう一人顕現していた。但し二人目は竜と同じく銀髪で、胸の護符はなかったが。


「俺の眼がどうかしちまったのか? エナデールさんが二人いるように見えるぞ……昨日はそんなに飲んだ覚えはないんだが」


 ダイフェンが一歩後ろに下がり、ごしごしと目を擦る。


「でもなんか少し違うニャ……間違い探しみたいだニャ。どっちが本物なんだニャ!?」


「いや、どう見ても話からするとこっちの銀髪の方が本物のエナデール……つまりエミレース姉さんでしょうが!」


 さすがにじれったくなったエリザスが、うろたえる猫娘に突っ込む。


「ホウ、わかったぞい! ドラゴン殿が自分の写し身を作ったわけは、自分が銀龍に戻った時のためじゃな! 今日みたいに来客の相手やら雑用やら何やらをさせるためじゃろうて」


 バレリンがポンと膝を打つ。痛風は大丈夫だろうかと、エリザスは密かに心配になった。


「ええ、大体その通りです、ドワーフさん。私は抗がん剤治療を施すときにはどうしても銀竜形態を取らねばなりません。その間患者さんには私の姿が見えないように予め目隠ししてもらいますが、処置中も患者さんの細々した世話をしなければなりませんし、小さい子供の場合、近くに人の気配がなければ不安になるものです。ですからどうしても影武者兼助手が必要でした」


 銀髪の女性、すなわち真のエミレースは、慈母の眼差しをすうすうと寝息を立てる可愛らしい少女に向けた。


「じゃあ、この子も白血病なの、エミレース姉さん?」


「ええ、この子……名前はカナリアといいますが、先ほど説明した急性リンパ性白血病ではないかと思われます。私が難病のピートル君を治癒して以来、話を聞いた人々がここまで訪ねてくることがちょくちょくあります。カナリアちゃんはミカルディス公国の村に住む夫婦が数日前に連れてきました。私は快く引き受けたのですが、治療には時間がかかるし、現在農繁期のため、家族は娘を私の元に預け、くれぐれもよろしく頼みますと頭を下げて帰っていきました。今はこんな場所でもよく眠っていますし、懐いてくれますけど、最初はずっと『お母さーん!』と身も世もなく泣き叫んで大変でしたよ、フフッ」


「そうだったの……まあ、両親からいきなり引き離されて、薄気味悪い洞窟の中に連れてこられたら、そりゃ心細くなっても仕方ないわね」


 エリザスは嘆息しながら、天然の壮大な円蓋を見上げた。


「確かに気の毒だけど、ここでないと安心して魔獣の姿になれないのよ。他の場所では人に見られる恐れがあるし……」


「そうか、それで村から遠いけれど比較的洞窟に近いところに住居を定めた、というわけだな!」


 ようやく謎が解けた様子のダイフェンが、すっきりした表情を浮かべた。

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