カルテ255 伝説の魔女と辛子の魔竜(後編) その36

 肌寒い洞窟内の気温が、エリザスの発する熱気で上昇したかのように周囲の者たちには感じられた。


「私も実は、白亜の建物と出会ったことがあるの。そこでにわかには信じられないような体験をした」


「ええっ!?」


 エミレースは曇天色の双眸を大きく見開いた。


「ちなみにわしもそうじゃぞい」とバレリンが横から口を挟むが、残念ながら全員にスル―された。


 エリザスはロラメットでの新月の夜の出来事を詳らかに語った。飲酒し過ぎて吐血し、挙句の果てにメデューサと化して符学院の生徒や白亜の建物の医師を石化してしまうも、赤毛の看護師が機転を利かせ、髪の毛の蛇を内視鏡替わりにして治療を行い一命をとりとめ、魔竜化した次姉エレンタールにとどめを刺したことを。


「そこで私は短い間だったけれど様々な医学知識を学び、蒙を啓かれた。世の中には病気で困っている人が数多くいることを知り、お医者さんのありがたみが骨の髄まで理解出来た。そして姉さんと同じくこの忌まわしい魔獣の能力が人助けに役立つことがわかったの」


「現に俺を助けてくれたしな」とダイフェンが茶々を入れるが、これも残念ながら全員にスル―された。


「エリザス、しばらく会わないうちに、あなたも大人になったのですね……」


 エミレースが柔らかな表情で力説する末妹を感慨深そうに見つめる。あの柑橘類の匂いに包まれた夏の日と同様、愛情のこもった灰色の瞳で。


「うちからもお願いするニャ、銀ドラ姉さん! エリザスさんにはうちのバカ旦那が散々お世話になったニャ! なんだったらうちらもしばらく一緒に暮らして、この子のために子守歌を歌ってあげてもいいニャ!」


「そいつは面白いアイディアだな。俺も一口乗ろうか。こう見えても子供相手は割と得意でね」


「あなたたち……気持ちはありがたいけど、ネコブシ爺さんだけはやめてよね……」


「フフッ」


 二人の応援団がエリザスをフォローする様を見て、エミレースは微苦笑を浮かべた。


「わかりました。エリザスの熱意と、皆さんの友情に免じて、ここで暮らすことを許可いたします。ですが、私の指導は白亜の建物以上に厳しいですよ。覚悟はよろしいですか?」


「もっちろんよ! まーかせて!」


 エリザスは自信に満ち溢れた笑顔でドンと胸を叩く。行く手にどんな困難が待ち受けていようと、姉や仲間と一緒なら乗り越えていける、そんな気がした。


「ホホゥ、さすが辛子の魔竜なだけに、ピリッとしておるのう」


 一人ドワーフが上手いことを言ったようなドヤ顔をしたため、鍾乳洞の気温がまた下がったように一同は感じ、白い目でバレリンを睨んだ。


「な、なんじゃい、場を和まそうとしただけなのに……」


 ドワーフのぼやき声が響く天然の美しいグロッタに、笑い声が木霊した。


※次回更新は一週間後の5月13日になります。では!

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