カルテ100 白亜の建物 その3
「フィズリンさんには弟さんがおられるんですか……羨ましいですわ」
一人っ子のルセフィが愛情たっぷりの眼差しを送り、無愛想な少年をわずかにたじろがせる。
「実は間にもう一人バイエッタという娘がいましてね、今ちょっと体調を崩しているんですよ」
「あっ、そういえば先ほどフィズリンさんがそんなことをおっしゃっていましたね」
ダオニールがなぜか鼻先をひくつかせながら話題に食いついてくる。
「可哀想に……失礼ですが、一体どんなご病気なんでしょうか?」
「はい……」
バナンが答えようとしたところ、ドタドタと階段を降りてくる音が響き、その直後にフィズリンが居間に姿を現した。
「どうも遅くなって申し訳ありません。やっとテレミン坊ちゃんの容態が落ち着いて、眠られました」
「そう……良かった。ありがとう、フィズリン」
再び頭を下げるルセフィに対し、フィズリンは慌てて首を横に振る。
「そんな、私の手柄なんかじゃなくって、ダオニールさんの採ってきてくれた木の枝や皮のおかげですよ。白亜の建物もびっくりの効力で、煎じて飲ませたら坊ちゃんも汗がどっと吹き出てすぐ楽になったようで、私が身体を拭いて差し上げている間に寝ちゃいました」
「ほぅ、それは何よりです。違う木の枝を採ってきたんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたんですよ。薬草採集は随分久しぶりだったものでして」
ダオニールが結構ひどいことを言いながらも、嬉しそうに表情を緩める。そこには孫の無事を喜ぶ好々爺を彷彿とさせる姿があった。
「あっ、そうだ、ルセフィお嬢さん。実は私、あなたにずっとお会いしたかったんですよ、皆さんが旅に出かけられてから」
「えっ、ど、どうして?」
フィズリンがダオニールのセリフをスルーしつつ妙なことを述べるため、ルセフィは思わず青白い顔を上げた。
「それは今から一緒に来てくださればわかります。ついでにそこの執事さんもお願いします」
そう言い残して居間を出ると、またドタドタと足音を立てながら、彼女は二階へと消えていった。
「ま、待ってよフィズリン!」
「やれやれ、相変わらず慌ただしい方ですな……おっと、失礼」
仕方なく客人組の二人もフィズリンの後を追い、階段へと急いだ。そんな彼らを見送りながら、アルトという少年が、ぽつりと誰にも聞き取れない小声でつぶやいた。
「……化け物め」
「すみません、一刻も早く見ていただきたくてつい焦っちゃって……紹介します、こちらが私の妹のバイエッタです」
フィズリンに案内されてルセフィとダオニールが入った部屋には、銀鼠色の長い髪の毛をした華奢な少女がベッドに横になり、目を閉じていた。顔立ちはフィズリンによく似ているが、姉よりも線の細い感じを受ける。無意識のうちにかもしれないが、ダオニールがしきりに鼻を少女に近づけようとするのが、ルセフィには鬱陶しかった。それまではスゥスゥと可愛らしい寝息を立てていたが、彼らの物音に気づいたのか、「あら、どなた……?」と、薄っすらと目を開けた。
「おっと、お休み中のところを起こしてしまって申し訳ない。我々はあなたのお姉さんの知り合いの者です。どうかそのまま横になっていてください。ちなみに私の名前はダオニールで、こちらのお嬢さんはルセフィさんです」
ダオニールがバイエッタという少女に簡単に自己紹介する。
「そうですか……ご丁寧にどうも。あたしはバイエッタです。こんな格好で失礼します。でも皆さん、どうしてこんな夜更けにいらっしゃったのですか?」
寝起きで寝巻き姿の少女が挨拶を返しながらも、やや怪訝な表情を浮かべる。
「お二人はもう一人の方と旅の途中なんだけど、あなたが病気だと私から聞いて、心配して急いで様子を見に来てくださったのよ」
フィズリンが間に割って入り、なんとかその場を取り繕う。
「ええ、私も病気がちなもので、今まで蓄えた知識であなたの役に立てないかと、お邪魔させてもらったの」
ルセフィもうまく彼女に調子を合わせる。
「そうでしたか……それはどうもありがとうございます。でも、あたしのような珍しい病気は、伝説の白亜の建物でなければとても治せないと思います。ですからわざわざご足労いただいたのに、おそらく無駄足になるでしょう」
バイエッタは、すべてを諦めたような年齢にそぐわぬ虚ろな表情をしながら、かたい口調で言葉を返した。そこには、表面の塗装が剥げ落ちても毅然としてそびえ立つ神像のような、はっきりとした強い意志が潜んでいた。
(この子は意外と強敵のようね……まるで以前の私みたい)
人外の少女は他者を拒絶するかのようなバイエッタの冷たい茶色の瞳を見つめ返しながら、内心我が身を振り返っていた。
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