カルテ149 運命神のお告げ所(前編) その2

 今にも崩れそうな小屋の中には、民族色豊かな服を着た、薄い水色の髪の老婆が一人、木の椅子に腰掛けているが、特に売り物などは見当たらず、やや閑散としていた。彼女の前にはウサギの頭をした小柄な獣人が立っており、何やら熱心に話し込んでいる。


「ああ、あれは解読屋ですよ。まだあのお婆さんがやってたんですね」


 フィズリンの説明は、一同に新たな混乱を生じさせただけだった。


「解読屋って何をするんです?」


 さっそくパーティー一の突っ込みマスターことテレミンが、ダオニールに代わってフィズリンに質問した。


「すいません。説明不足でしたね。解読屋っていうのは、カルフィーナ様のお告げをわかりやすく言い直してくれるんです。神様のおっしゃることは、我々下々の者には非常に難解なことが多々ありまして、一見何のことやらわからないことがよくあるんですよ」


「へぇー、面白そうじゃない。ちょっと寄って行きましょうよ」


「僕ら、まだお告げを受けてもいないんんですけど……ま、いっか」


 というわけで、好奇心をくすぐられ、興味津々のルセフィを先頭に、彼ら一行は人混みをかき分け、中の老婆よりも年季が入っていると思われるあばら家に接近していった。



「つまり、前半の『ヨメノチチキトクデナヒガ、スグカヘレ』っていうのは、おいらの奥様の父親は瀕死の重傷でも今際の際でも何でもないけど、帰ってきて欲しいと思っているってことでいいのか?」


「あー?」


「だーかーらー、前半の『ヨメノチチキトクデナヒガ、スグカヘレ』っていうのは……」


 明らかに難聴と思しき老婆の右耳に顔を近づけ、黄土色のチュニックとズボンを身につけた、全身白い毛で覆われているウサギ頭の獣人は、あらん限りの声を張り上げていたので、会話の内容は周囲に筒抜けだった。何回も獣人に質問を繰り返させてようやく得心がいった老婆は皺だらけの顔をゆっくりとうなずいて、「なもなも」とつぶやくように答えた。おそらく肯定の意なのだろう。


「やれやれ……じゃあ、後半のこれはいったいなんなんだ?


『ヨメニイノチノキキオトズレシトキ、アオキボウシヲマトイシヲトメノクチヅケヲウケヨ、サレバスクワレン』って。おいらの奥様の生命が危なくなった時、どこぞの少女のキスをしてもらえってことか? さっぱりわけがわからねえよ!」


「なんもなんも」


「『なんもなんも』じゃわからねえよ! 金返せババア!」


 もはや呆けている可能性すら疑われる老婆の態度に苛立ちを隠せないウサギ頭の獣人は、今にも解読屋の胸ぐらに掴みかからんばかりの剣幕で怒鳴り散らしている。


「なるほど、あれじゃあお告げの内容がたちどころに知れ渡ってしまうわけですねぇ」


 ダオニールが、半ば憐れむような眼差しを激昂するウサギ男に投げかける。


「よく出来たシステムね……もっとも私は絶対あのお店を利用したくないけど」


 ルセフィも笑いをこらえながら、辛辣な感想を述べる。


「それにしても、あれは穴兎族じゃないですか。確かザイザル共和国の南端にあるラボナール平原に生息すると聞きますが、地中の住居に暮らしていて、ほとんど多種族と交わらないらしいですけど、よくこんなところまで遠路はるばるやって来れましたね」


 テレミンが学術的好奇心旺盛な瞳をキラキラと輝かせる。


「あっ、あのお婆さん、私たちの方を指差していますよ!」


 勝手知ったる何とやらで、我が物顔で道案内をしている、今やガイド嬢と化したフィズリンが、珍しく驚きの声を上げる。なんと、穴兎族の男に詰め寄られたままの老婆が、枯れ木のような右腕を一行の方向に伸ばし、さらに干からびた人差し指を、はっきりとルセフィに突きつけたのだ。

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