カルテ143 グルファスト恋歌 その8

 神が奇跡を起こし、魔獣が人々を脅かし、護符魔法が存在するこの世界には迷信深い人々が多く、奇病に対して悪魔の呪いであると陰口を叩き、イーブルエルフ族の如く、大した根拠もないのに邪悪な存在と決めつけ、社会から追放せよと声高に叫ぶことがたまに見られる。こんな蛇のような不気味なものが身体に張り付いているのを見られた日には、何を言われるかわかったものではない。よってマリゼブは、実の親にすら秘密を明かすことが出来なかった。


 いっそ大金を積んでライドラース神の慈悲に縋ろうかとも考えたが、どうもあそこは外傷は癒せるようだが、こういったわけのわからない病に対しては無力な様子で、金をドブに捨てかねないので、決心がつかず、行くのが躊躇われた。というわけで、唯一悩みを打ち明けることが出来たのは、いつも一緒に行水する、娘だけだったのだ。


「治療法は、下肢静脈瘤のタイプによって異なります。太い伏在静脈に生じる伏在型は、手術が必要になることがありますが、あとの型は穏便な保存的治療や、硬化剤を入れる硬化療法、血管を焼く血管内治療などで十分治せます。マダム、じゃなかったマリゼブさんのそれは、お見受けしたところ、そこまで静脈瘤が大きくボコボコになってないので、側枝型というやつだろうと診断しました。これだったら、多分保存的治療だけでいけますよ」


 医師の言葉は、彼女にとって地獄に差し伸ばされた光り輝く救いの手だった。


「はあ……よくわかりませんが、私のこれは、あまりひどいものではないってことなんですか?」


「まあ、簡単に言うとそういうことですねー。で、保存的治療っていうのは、出来るだけ運動やマッサージを心がけ、あまり長時間一箇所に立っていないように気をつけるってことです。要するに、生活習慣の改善ですね。小まめに動くことが大事ですよ〜」


「なるほど……」


 頷きながらマリゼブは脳内に医師の語る言葉を順次メモしていった。


「そしてせっかく来院してくださったんですから、良いものをお渡ししましょう!」


 本多は椅子から離れて屈み込むと、棚の下にある扉を開け、ネシーナにハゲ頭をツンツン弄られながらも、何やらゴソゴソと探し続けた。


「確か、この前肺塞栓症の爺様にあげたやつの残りがここにあるはずなんだけど……ああ、あったあった!」


 彼がようやく棚の奥から引きずり出したのは、何やら白くて細長い靴下のようなものだった。


「こんなものがいったい何の役に立つんだ?」


 ずっと横で黙って聞いていたミルトンが、好奇心を抑えきれず本多に尋ねた。


「ジャジャジャジャーン! よくぞ聞いてくださいました! こいつは弾性ストッキングと言いまして、足を締め付けることによって血液が溜まることを防ぎ、下肢静脈瘤の治療を促進してくれるという秘密兵器的な優れものです! 肺塞栓症などの他の病気の予防にも役立つし、ついでに足のそのうねうねを隠してくれるっていう副次的効果もありますよ。どーです、セクシーでしょ?」


「「はあ……」」


 またもやハモる大人二人だったが、先ほどよりは幾分このヘンテコな医師に対する信頼感が湧いてきたためか、やや好意的な「はあ……」だった。病変部をちらっと見ただけで占い師よりも正確に彼女の職業や症状を言い当て、しかも速やかに適切な治療法を教えてくれる。確かに噂通り、悩める者達の救い主と言ってもいいかもしれない。


 特にマリゼブの表情は今や歓喜に満ち溢れ、医師が説明するたびに彼を見つめる眼差しはいつしか尊敬のそれへと移り変わっていった。


 ネシーナだけはただ一人自由気ままに弾性ストッキングに猫のようにじゃれつき、「セクシー! セクシー!」とにぎやかしかったが。

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