カルテ46 閑話休題 その4 マンティコアとクローバー その3

「ひょっとしてお主……以前我輩に挑みかかってボロクソに負けて尻尾を巻いて逃げていった、あのウサギちゃんか?」


 泣く子も更に泣く赤毛の獅子が、ようやく何かを思い出したのか、まるで人間のようにポンと両前脚を打ち合わせた。


「やっと思い出したか、このボケ老人! おいらは一流の戦士になるべく世界中を旅して修行を積んできたが、ふるさとのラボナール平原に住み着いた邪悪な魔獣の貴様を退治するため故郷に戻り、死をも恐れずに勇敢に立ち向かったが、武運拙く返り討ちにあい、重傷を負って巣穴に戦略的撤退したのだ! 一族の長の娘であるリルピピリン様はそんなおいらを優しく介抱してくださり、いつしか二人の間には愛が芽生え、将来必ず夫婦になろうと固く誓い合うも、頑迷な長が許さなかったため、おいらは身重の彼女とともに巣穴を出て、平原を放浪し、岩場の影に秘密の隠れ家を造って情熱の日々を過ごしたのだ! おー、よちよち、パパでちゅよー」


「話すかあやすかどっちかにせんかい!」


「まぁ、そんな負け犬ならぬ負けウサギ、誰も婿になんてしたくないでしょうね。おまけに勝手に孕ませてるし」


「少年も結構毒舌だな……」


「で、そんな情欲に溺れたウサギちゃんが、なんでこんなところにおるんかいのう?」


「溺れてなんかいないぞ! おいらは妊娠中で動きにくくなったリルピピリン様の看病をしていたが、彼女は身体が辛くて寝ていることが多くなり、やがて時々胸の痛みや息苦しさを訴えるようになったのだ!」


「なんかどっかで聞いたような話だのう……」


「あっ、もしかして!」


「ど、どうした、少年!?」


「む、そこの人間の男はわかったようだな。そうだ、リルピピリン様の症状は、貴様と同じだったんだよ、マンティコア! おいらはどうしていいかわからず、神に祈る日々だったが、あの竜巻の日に、白亜の建物が遠くに出現するのを目撃して歓喜した! しかし駆け寄ろうとしたその矢先に、貴様らが入っていくところを見てしまったんだよ! 宿敵の貴様とまさか一緒にリルピピリン様を診てもらうわけにもいかず、おいらは悶々としたが、自慢の耳を思い出し、館に近づくと、とりあえず中の会話を細大漏らさず聴講した。その結果、偶然にも、最愛の方の病気が貴様と一緒のハイソクセンとやらで、腐ったクローバーを食べれば良いということを知ったのさ! よっておいらはリルピピリン様をおぶって旅に出たのさ! いい子でちゅねー」


「そうか、あのモジャモジャペーターは、ハイソクセンは妊娠によっても起こるとか言っておったのう」


「それで、ここに先回りしてクローバーを採り尽くしたってわけか……弱りましたね」


「いや、ここの奥にももう少し生えている場所があったはずだ。ウサギ殿、そこは譲ってもらえないか? こんなクソジジイのためで悪いが、私も少年に案内を約束したのだ」


「い、嫌だ! せっかく良くなってきたおいらの奥様のために、もっと草が必要なんだ! 一本だってくれてやるもんか!」


「相変わらず蛮勇の持ち主じゃのう。昔なら一口で食ってやるところじゃが……」


「や、やめてくださいよ、フシジンレオさん! 一家三人惨殺だなんて見たくないですよ!」


「安心せい、それは今の我輩の流儀に反することじゃ。そこでどうじゃ、勇気ある者よ。ひとつ取り引きせぬか?」


「取り引きだと!?」


「お主もあの時の医者の言葉を聞いておったのなら、覚えておろう。我輩は可愛い奥方の治療の助けになる非常に良い物を持っておる。これをやるから少しばかりクローバーを分けてもらえぬか?」


「な、なんのことだ!?」


「そ、それって……」


「わかるじゃろう、少しばかりセクシーになるアレじゃよ、ア・レ」


「「「ストッキングの事かーっ!」」」


 シグマートとミラドールとウサギ戦士のアカルボースは同時に叫び、同時に吐きそうな顔になった。


「どうじゃ、意外と悪くない提案じゃろ? これで彼女の病気も予防でき、夜の生活もますます魅力的になる。一石二鳥ではないか!」


「そ、そう言われると、そうかも……」


「ダメです、ウサギさん! 悪の言葉に惑わされないで!」


「お主はどっちの味方なんじゃい、坊主!?」


「僕は常に正義の味方です!」


「ワタシ、それ履いてみたい……」


「リルピピリン様!」


「よし、決まりじゃ! ほれ、ちょっと着けてみい! おっ、中々セクシーではないか! 可愛いのう! めでたしめでたし!」


「これで……いいのか?」



 というわけで、これがきっかけで、ユーパン大陸に、ウサギ耳とストッキングの衣装、通称「穴兎ガール」スタイルが流行ったことは言うまでもないが、それはまた別の話……。

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