カルテ79 新月の夜の邂逅(前編) その2

 黒尽くめの三人組がセフゾンの森を密かに進んでいるちょうどその頃、その遥か上空では、二つの人影を乗せた赤い有翼の獅子が、闇夜に紛れて飛翔していた。


「フシジンレオ、忘れ去られた神の祠には、まだ着かないのか?」


 異形の獅子の背中の、胸が豊かで白金の長髪を夜風になびかせた妖精族の女性が、眼下の密林を凝視しながら問いかける。


「せめて月でも出ていればいいんですけどね。今夜は新月でしたか……」


 妖精族ことミラドールの後方に座している黒いローブ姿の少年が、空を見上げて眉根を寄せる。


「うーむ、吾輩は魔獣なので暗闇でも昼間のように見えるのじゃが、こんなに広いといくら良い目でも探すのが難しいのう、ミラドールちゃんよ」


「そもそもシグマートが間欠泉で護符造りに夢中になっているから、こんなに到着が遅れてしまったんだぞ。アリムタの間欠泉は確かに雄大で美しいが……」


「何言ってるんですか、ミラドールさんだってその間ずっとフシジンレオさんと酒盛りして、楽しそうだったじゃないですか」


 少年ことシグマートが、口を尖らせて抗議する。


「あ、あれは、つい時間が余っていたし、ここらで荷物を減らした方がいいかと思って……」


「まあまあ二人とも、それくらいにしておかんかい。後で我輩のセクシーダンスを見せてやるから」


「「結構です!」」


 それまで言い争っていた獅子の乗客たちは、この時ばかりは声を揃えて一致団結した。



 ギャバロンの森で穴兎族のアカルボースたちと和解したマンティコア一行は、クローバーを心行くまで採集し、発酵させて薬を作製していたが、ミラドールが、長期間家を留守にしているので、さすがに一度村へ帰りたいと言い出したため、フシジンレオが、今までのお礼に乗り合い馬車よろしく背中に乗せて送っていくことになり、所々で寄り道をしながらも空の旅を続け、現在彼女の故郷のセフゾンの森の上を夜間飛行しているのだった。


 せっかくだから村まで行くと主張するフシジンレオだったが、ミラドールが言うには、突如魔獣が現れれば村人たちはパニックを起こすだろうし、村の近くにある古い祠で降ろしてくれれば十分とのことで、こうして上空から探しているのだが、あまりにも広大なため、探索は困難を極めた。


「もうこのあたりで降ろしてもらっても構わないぞ。なんとなくだが場所はわかるし、ここは私の庭のようなものだ」


「しかしこんな夜中だと、知っている森でも危険があろう。お主は白猿に怪我を負わせられたこともあるといっておったではないか」


「あそこはギャバロンの森で、ここ程は知り尽くしていなかったんだ!」


「まぁ、焦らずもうちょっと探し……ん、なんじゃいあれは?」


 太い首を振ってキョロキョロと下界を探っていたマンティコアが、遠くに薄っすらと輝く赤い光を、鋭いかぎ爪のついた前足で指し示す。


「何かが燃えているようですね。ひょっとして、森林火災ですか?」


「はて、そんなに乾燥していないのに、珍しいな……って、あそこはまさか!」


 獅子の示した方角を見やったミラドールが、たちどころに血相を変えて呻き声を上げる。


「ど、どうしたんですか、ミラドールさん?」


「あれは私の故郷………ベルソ村だ! 何故こんな夜更けに火事に……!?」


「皆、しっかりつかまれい! 飛ばすぞ!」


 事態をいち早く把握したフシジンレオが、赤い翼を大きくはためかせると、獲物を見つけた鷲のごとく、森の一点めがけてぐんぐんスピードを上げていく。


「ぐおおおおおお、さっき飲んだ酒がーっ!」


「またですかミラドールさん! もうやめましょうよ!」


「そ、そうだな。それにこれしきのことでへばっているわけにはいかん。シグマート、フシジンレオ、よく聞いてくれ。実は今まで内緒にしていてすまなかったが……」


 口元に手を当てて嘔気を抑えながら、ミラドールが表情を改める。


「へ? 急に何をカミングアウトするつもりなんですか?」


「そうか、実は吾輩のことを懸想しておったのじゃな、ミラちゃんは。相分かった! 任せろ、種族は違えども、いくらでも受け入れるぞい! 今まで気づいてやれなくて悪かったのう。実家のご両親に紹介したいんじゃろう?」


「誰もそんなことは言っとらんわあこのクソマンめえええええ!」


「わわ、ミラドールさん、怒って変な略語を使っちゃダメですよ!」


「むぅ、すまん、シグマート。実は私は……エルフではなく、イーブルエルフだったのだ!」


 嵐の中を漂う小舟のように揺れまくる獅子の背にしがみつきながら、ミラドールは血を吐くような大声を張り上げ、告白した。

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