カルテ270 エターナル・エンペラー(前編) その15
「ラミアン、大丈夫!?」
頭上から、不安げなラベルフィーユの声が優しい春雨のように降ってくる。ラミアンは吊り上げられた魚の如く口を大きく開けて深呼吸を一つした。口元から突き出した彼の舌は何故か普通のそれよりも赤く、口腔内にはブツブツした白いできものが醜い姿を曝していた。
「も、もう平気だよ。思ったよりも高かったんで、ちょっと息切れしただけさ」
彼は額の汗を服の手の甲で拭いながら、老人のようによろよろと立ち上がる。その様はまるで若さというものが感じられなかった。
「ごめんなさいね、調子が悪いのに無理矢理こんなところに連れてきちゃって……」
「いや、いいよ。実は僕も一度来てみたかったんだ」
片手をひらひらと振りながら、彼はさっきの「じゃあ、景色と私とどっちがきれい?」という彼女の問い掛けを有耶無耶に出来たことに内心ホっとしていた。正直に答えた場合、恐らく彼は村長に亡き者にされるだろうから……。
ラミアンの身体のあちこちに奇妙な症状が現れ始めたのは、数カ月ほど前のことだった。手足が徐々に痺れだし、次第に歩くときふらつきやすくなった。白髪や眼球結膜の黄疸が現れ出したかと思えば、口内炎や舌の異常な発赤が出現し、食事をすると痛みを伴うようにまでなった。
苦しむ彼を見かねて、ラベルフィーユは様々な薬を調合してくれたが、あいにくどれを使っても少しも改善する気配はなく、症状はゆっくりと、だが確実に進行していき、じわじわと身体を蝕んでいった。
(このまま治らないと、一体自分はどうなってしまうんだろう……?)
未知の恐怖におびえるラミアンの耳元に、遠い日にアロフト村長が語った、あの謎の言葉がよみがえる。
「二度言わすな。5年だ。いいか、短命な人間の子よ。お主がこの村にいても良いのは5年間以内だ。それ以上は1秒たりともまかりならん。この条件を呑むか?」
(ひょっとしてあれは、このことを言っていたのか……?)
約束の5年は、早いものでもうあと半年後に迫っている。あのラベルフィーユに対して超過保護な食わせ物の村長は、恐らくこうなることを知っていたのかもしれない。あたかも聖ファロム山の運命神カルフィーナのお告げ所に住まうといわれる巫女のように……
(いや、そんな馬鹿な! きっと偶然に決まっている。僕は何一つ悪いことなんかしていないし、ここでの暮らしにも満足している。あんなカビの生えた約束なんか相手も覚えているまい。それにラベルフィーユと離れ離れになるなんてまっぴらごめんだ。誰が何と言おうと、絶対にこの村から出ていくもんか!)
そう心の中で固く決心するも、彼をあざ笑うかのように病魔は一向に退散する気配もなく、ほとほと困り果てていたところに、ラベルフィーユの勧めもあって、今日気晴らしにこの場所を訪れたのだった。
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