カルテ238 伝説の魔女と辛子の魔竜(後編) その19
「な、何かわかったんですか、先生!?」
今まで見たことも聞いたこともない検査や診察を目の当たりにして不安の塊のような様相だった少年の父親が、医師の異変を鋭く察知し、必死の形相で詰め寄る。
「いやあ、ピートル君のリンパ節や肝臓、脾臓が腫れていますけど、これだけじゃまだはっきりとは言えないんですよねー。ついでにお口の中も見せてもらいますかっとはルビーロマン!」
常人が理解できない台詞を発しつつ、本多は眠れる幼児の口元に手を伸ばすと、唇をくにっとこじ開ける。桜色の歯茎が心なしか太いように、覗き込んだ一同には思われた。
「おやおや、歯肉もですか。こりゃあいよいよもってアレっぽいですけど……うーむ……」
「先生、もったいぶらずに早く教えてください! あんた一生に一度しか会えんのでしょうが!」
散々じらされて遂にブチ切れたのか、禿げ頭に血管を浮き上がらせながら、村長が丸太のように太い腕で本多の白衣の首根っこを引っ掴む。
「く、苦しい! 話してください! 殿中でござる! 将軍壁死! 三人寄ればトライアングルドリーマー! 紫龍よ、その締め技は決して使ってはならぬってそんなら教えんなよクソ老師! ボゲエエエエエッ!」
錯乱した本多医師が顔を真っ赤にして泡を飛ばしながら何やら訳の分からないうわ言を口走り出したので、ここはさすがに助けた方がいいのだろうかとエナデールは迷っていたが、折よく階段を上がってきたセレネースが、部屋に入るなり事情を察して興奮状態のタコオヤジの腰に回し蹴りを食らわせてダウンさせたので、とりあえず見なかったことにした。
「ウゲゲゲゲゲ……酸欠状態に陥ったおかげで、危うくエリュシオンに突入するところでしたよ、ゲホッゲホッ」
「コキュートスの間違いじゃないですか、先生? それよりも採血結果が出ましたし、遊んでないでちゃんと仕事してください」
無表情な看護師は真冬のように冷たい視線を這いつくばる医師に投げかけると、採血結果の紙切れを彼の手元に叩きつけた。
「べ……別に遊んでたわけじゃないんですけど、幼少時にガキ大将に遊びと称して地獄の断頭台された屈辱が喉によみがえりましたよ……とりあえずごめんなさい……」
「す、すいません! ついに息子の病名が判別するかと思うと、自分を押さえられなくなってしまって……」
いい歳した大の大人二人が手をついてセレネースに謝る様は、主従関係を如実に表していた。騒ぎが収集して一安心したエナデールは、内心吹き出したくなるのを堪えるのに懸命だった。まったく、こんな愉快な気持ちになったのはいつ以来のことだろう。外道にも劣る大量殺人鬼の分際で今にも笑い出しそうだなんて、亡くなった人たちに申し訳ないとは重々承知しているのだが、かといって感情をコントロールするのは至難の業だった。許されるならば自分も眼下の野郎二人を照れ隠しにどついてやりたい気分だった。
(ひょっとして、この医師と看護師にならこっそり自分の正体を打ち明けてもいいかも……?)
やにわにそんな突拍子もない考えが浮かんでしまうほど、彼らは知らぬ間に孤独な魔獣のハートをがっちりと掴んでいたのだった。
「レディースアンドジェントルメン! おとっつぁんアンドおかっつぁん! 長らくお待たせいたしました! それではいよいよ診断名を発表いたします!」
「「「「はよせんかい!」」」」
老婆を含めその場の四人の気持ちが、今一つとなった。
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