カルテ154 運命神のお告げ所(前編) その7
「じゃあアカルボースさんたちも、白亜の建物に出会ったことがあるんですか!?」
「うんにゃ、おいらの場合はあのにっくきマンティコアのせいで建物の中に入れなかったけれど、おいらの素晴らしき自慢の聴力によって、まんまと奥様の病気を治す方法を聞き出したってわけよ」
「へーっ、なかなかやりますね!」
「それでな……」
いつの間にやら意気投合したテレミンとアカルボースは、テーブルに差し向かいに座って夜が更けるのも構わず熱心に話し込んでいた。何でも知りたがる少年と、何でも自慢したがる獣人の需要と供給が、ちょうどうまい具合に一致したのだろう。他のメンバーも、椅子に腰かけたり、ベッドに座ったりしながら、思い思いに過ごしていた。ルセフィとフィズリンは、室内を縦横無尽にキャッキャッと走り回るダイドロネルに翻弄されながらも、その愛らしさに笑みを隠し切れなかった。
「つーかまえたっ! 本当にキュートなウサちゃんね。縫いぐるみみたいで、食べちゃいたいくらい」
ルセフィがとろけんばかりの表情で子ウサギを抱きしめ、ふさふさの頭をなでなでする。
「穴兎族の子供って初めてお会いしましたけれど、本当に可愛いですねぇ」
子供をあやすのには慣れている、大家族育ちのフィズリンも、しゃぶりつかんばかりの勢いでダイドロネルに頬ずりをかます。
「でも、親としては心配なんですよ。穴兎族は物珍しくて、好奇の眼で見られることが多いですし、最近この辺りでも治安が悪くて、人さらいが出るという噂もあって……」
床に伏したままのリルピピリンが、不安げな眼差しを、もみくちゃにされて白い毛玉状態の愛しい我が子に向ける。
「む、それはいささか物騒な話ですね。この神聖な場所でそんな犯罪行為がまかり通っているとは……」
椅子に腰かけエール酒をちびちびと飲んでいたダオニールが、コップをテーブルに置いてつぶやく。
「なんでもカルフィーナ信者の方々が定期的に見回りをしているそうですが、ご覧の通りの人混みですし、隅々まではなかなか目が行き届かないようで、色々と問題もあるらしいです。ここは様々な国の人々が集まっている、人種のるつぼみたいなところですし……」
意外とここの事情に詳しいリルピピリンが、ダオニールを見上げて説明する。
「そういえば先ほど、インヴェガ帝国の人も見かけましたよ、奥さん。国際色豊かだとは思いましたが……」
「はい、どうやらここ、ファロム山の山頂は、ちょうどグルファスト王国とインヴェガ帝国との国境に当たるらしく、帝国の人にとっても比較的訪れやすいそうです。私もここに来て、初めて知りましたけど」
「そうでしたか……今は両国はほぼ休戦状態ですからいいですが、いざ戦争が勃発したら、この地はとても危険になりますな。正直、あまり長居したくないのですが……」
「おっしゃる通りですが、こればかりは仕方ありませんね……」
「そういえば、リルピピリンさんとアカルボースさんはもうお告げを受けたんでしょう? なぜまだここに残っているんですか?」
ダオニールとリルピピリンの沈鬱な会話に突如テレミンが空気を読まずに横槍を入れる。
「それは、その、いろいろとありまして……」
「そりゃおいらだって国元に帰っていいって結果が出た以上、早くラボナール平原に引き返したいのは山々なんだが、奥様の体調はこの通り芳しくないし、小さい子供を抱えているし、ついつい下山を引き延ばしているわけさ。奥様の病気に効くクローバーも、お告げを待っている間に使い果たしちまって、時々山を探しては見たけど、どうやらこの辺りにはあまり生えていなくってねぇ。とっととギャバロンの森辺りに行きたいけんども、さっきも言ったように、あちらを立てればこちらが立たずで、うまくいかなくて困ったもんだべ……」
口を濁す妻の代わりに、夫の方が少年の質問に答えてやった。
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