カルテ268 エターナル・エンペラー(前編) その13
「うわー! こりゃあすっごくいい眺めだね!」
「フフッ、そうでしょ? 私のとっておきの場所なの」
「へぇー!」
長い長い梯子段をやっと登り切った紫の瞳の少年、否、青年は歓声を上げると、手庇を作って辺りを見渡した。そこは見渡す限り一面の桜の花に覆われていた。四本の生きた桜の巨木を柱とし、その間に渡された一枚の広い板……木の上に住居を築くのを得意とするエルフならではの木製の舞台の上に、青年とラベルフィーユは立っていた。
季節は春、時刻は正午過ぎ。桜は今を盛りとばかりに惜しみなく咲き乱れ、風がそよぐたびに桃色の雲のように花びらを舞い散らせていた。花霞を通して村の家々が蜃気楼のように霞んで見える様は幻想的だった。
「ここはエルフの集会場の一つで、聖なる領域なのよ。普通は勝手に入っちゃダメなんだけど、アロフト村長に頼んで了解を得たんだから、私に感謝してよね、フフ」
ラベルフィーユは髪をかき上げると悪戯っぽく微笑んだ。
「ああ……」
青年はそんな彼女の声も耳に入らぬ様子で、天然の桜色の天蓋を見上げ、心の底からうっとりしていた。青年=つまりかつての虫好き少年は五年前とは様変わりし、顔はすっかり大人びて、顎や頬には薄っすらと髭も生えていた。背もはるかに伸びて成人のそれと同等で、身体つきは筋骨隆々とまではいかないにしてもしなやかな筋肉に覆われていた。着ている物は一般的なエルフの男性が身にまとう萌黄色のチェニックと黄土色のズボンだったがよく似合っていた。
しかし奇妙なことに、黄昏時の空にも似た双眸は知的な光は変わらないもののやや黄色く濁り、赤みを帯びた茶髪には早くも白いものがちらほらと混じっていた。そして手足はわずかだが震え、周囲の木の柵にしっかりと捕まっている様は、明らかに尋常とは言い難かった。
「もう、ちゃんと聞いているの、ラミアンったら!」
ラベルフィーユが心ここにあらずといった青年に腹を立て、可愛い唇をアヒルの形にする。
「あ、ああ、ごめんよ、ラベルフィーユ。あまりにもきれいな景色だったんで、つい見とれちゃったんだ」
「フフッ、相変わらず興味のあることには、我を忘れて夢中になっちゃうのね。じゃあ、景色と私とどっちがきれい?」
「……え?」
その手の質問には非常に疎い青年ことラミアンは、瞬時に固まり言葉に窮した。村に連れ戻されるのが嫌でどうしても名前を言いたがらないため、仕方がなくラベルフィーユにラミアンと仮の名前を付けられたのだったが、よく考えると単に偽名を名乗っていればよかったのではないかと思うこともあった。こんなふうに、一見賢そうに見えて、時々抜けた行動をとってしまうラミアンは、こういう場面における対応に非常に神経質になり、頭が空回りしてフリーズしてしまうのだった。
「うう……」
悩み過ぎて知らず知らずのうちに立ち眩みが生じ、彼は耐えられずにその場にひざまずいた。
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