カルテ267 エターナル・エンペラー(前編) その12
あの大風が吹き荒れた夜、ミノタウロスから穴兎族の子供・ダイドロネルを奪い返し、その母親リルピピリンの命をテレミンの機転で救った後、数日後に彼女の容態が落ち着いたため、穴兎族の一家はルセフィたちに何度も何度も礼を言うと、ファロム山を下っていった。別れ際にルセフィの唾液の大量に入った水筒を手渡したので、恐らく再発の危険性は低いだろうと思われたが、そのことにも彼らは非常に感謝していた。
「この言葉にしきれないほどの大恩は絶対いつか必ず返す! もし困ったことがあれば、我が一族に伝わるこの兎笛を吹いてくれ! あんた方がユーパン大陸のどこにいようが必ずかけ参じる!」
別れの挨拶で男泣きし過ぎたせいで、ただでさえ赤い眼玉を灼熱の夕陽の如く紅蓮に染めて充血したアカルボースが、何かの木でできた呼子笛をズボンのポケットから取り出すとルセフィに手渡した。
「いいのよ、気にしないで。それほど大したことをしたわけじゃないし」
いささか照れながら彼女は謙遜するも、どうしてもということでその簡素な贈り物をありがたく頂戴し、最後にそこら辺を飛び跳ねていたダイドロネルを思いっきり抱きしめると、心行くまでモフモフした。
「ああ~、あんな笛なんかよりモフモフちゃんをくれた方が、私にとってはよっぽどありがたかったんだけどな……どうせ恩返しなんて何も期待してないし」
「結構黒いこと言いますよね、ルセフィさんも」
などと見送りの後本音を漏らすルセフィに突っ込んでいたダオニールだったが、すぐに恩返しの誓いの一部が意外と早く実行される運びになり、仰天した。なんと穴兎族一行が去って時を経ずして、ルセフィたちはファロム山頂上のカルフィーナ神のお告げ所に呼び出しを受けたのだ。
「ルセフィさんは75番目、すなわちおよそ二か月半後となります。それも、毎晩月が出たとしての話ですが」と数日前に巫女に情け容赦なく宣言されていたにもかかわらず、帰り際にアカルボースたちが山頂に寄り道して誘拐事件解決のことについて話し、是非にと頼み込んでくれたおかげで、お告げ所管轄内での騒動を鎮めた功績として、特例として異例の速さでお告げのための巫女へのお目通りが叶ったのである。
「やっぱり良いことはするものですね」と目を細めるダオニールに対し、「当然でしょ、あの吹雪の山荘の時に真逆のことを嫌というほど思い知ったわよ」とルセフィは少女とは思えぬ含蓄のある言葉を吐いた。
そしてその晩再びお告げ所に参拝した彼ら一同は、聖なる巫女から見事お告げの言葉を賜ったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます