カルテ134 猫娘とバイオリン弾き その8

「ニャゴニャゴニャーゴ おわあおわあ


 炎の瞳の白雪は 


 母さん自慢の宝物 


 一番多事なお気に入り


 だけどネコブシ爺さんが 


 どこかで噂を嗅ぎつけた


 ねんねんねん猫 ゴロニャーゴ」


「ネコブシって何!? 気になって逆に集中できないわ!」


 エリザスは不安もそっちのけで、つい突っ込んでしまった。


「おや、知らんのか、お嬢ちゃん? ま、わしもヨーデル村を訪れる旅商人から聞いただけじゃが、確か東の島国の方では、ボニートという魚を干して固くしたものをボニートブシと呼んで、必要に応じて削って使うそうじゃが、それから察するに、ネコブシとはおそらく……」


「それ以上喋らないで! 聞いた私が悪かったわ!」


 エリザスは声を荒げて無神経な腐れドワーフの蘊蓄発言を阻止した。


「ガッガッガッ」


「そこの病人、吐血しながら笑うんじゃない! あーもう、仕方ないから、このまま胃まで突っ込むわよ!」


 半ばやけくそ気味のエリザスは、蛇の頭を、肛門のごとき狭さと形状の、食道と胃を隔てる境界部……いわゆる噴門部に潜り込ませることとした。


「はーい、ごっくんして!」


「グガッグッグッ!」


「頑張るニャ、ダイフェン。なんだったら、三番目も歌うニャ!」


「歌わんでよろしい! 皆、静かにしてちょうだい! さっきの吐血のせいで見えにくいのよ!」


 とかなんとかあって第二関門を乗り越えた先には、エリザスが生まれて初めて目にする、未知の世界が広がっていた。


「す、すごい……これが、胃なのね」


 まるでミミズの群れのようなピンク色の肉襞が、今入ってきたばかりの噴門部を中心に、放射状に広がり、奥へと消えていく様は、想像をはるかに超えていた。人間の体内に脈打つ壮大な肉の大伽藍は、一時的にしろ、エリザスの不安を忘却の彼方へ吹っ飛ばすほどだった。


「ここで胃液によって、食べたものが本格的に消化されるって、あのホンダっていうお医者さんが言っていたけど……ん!?」


 万華鏡を覗き込む童女のごとく、ある意味芸術的ともいえる胃壁のうねりに見入っていたエリザス……もとい、彼女の蛇の眼が、ふと、先程入ってきた胃の入り口の天井付近……つまり、噴門部の小湾側部に、粘膜に、縦に赤い亀裂が走っているのを捕らえた。そこから血が滲み出ており、ついさっきの吐血は、ここから起こったものと推測された。苦労の甲斐あって、ようやく出血部位を発見することが出来たのだ。


「意外に小さいわね。でも、確かこれ、聞いたことあるわ。うーん……」


 苦手な血を見て、またもや胸が坂道を一気に駆け上がったかのようにバクバクし出しかけたが、それよりも好奇心の方が勝ったため、なんとか脳内は平静を保つことが出来た。


「どうしたかニャ、エリザス? なんなら別の歌を歌おうかニャ?」


「気が散るからやめて! えっと、確か食道静脈瘤と間違いやすい病気があるって、あのお医者さんが言っていたような……」


 彼女は眉間にしわを寄せ、こめかみに指を当てた。えずく彼女に本物の内視鏡を突っ込みながら、後頭部のモジャモジャを失った医師がペラペラ教えてくれた、酒飲みに多い、食道静脈瘤と非常によく似た症状の疾患とは……


「思い出した!」


 謎の答えに気づいた彼女は、喜びのあまり、子供のようにはたと手を打った。


「マロリーワイス症候群よ! 間違いないわ!」

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