カルテ70 少年とリザードマンと総身脱ぎ その1
とある日曜日の午後三時、村井雫はX市の老舗デパート・エヌザに下着を買いに来ていた。現在、少々鼻風邪気味の彼女としては、冷房がガンガンに効いているデパートに行くのはちょっと嫌だったが、ただでさえ豊かな胸が最近更に大きくなってきた模様で、手持ちの装備では対処困難になったため、ついに新規購入を決意したのだった。
(とはいえ、入るサイズが売っているかしら……?)
ポール・モーリアっぽい曲が流れる三階の女性下着売り場を散策しながら、雫はくしゃみを我慢しつつ形の良い眉をしかめた。エヌザは品質やデザインが優れた良品を取り揃えており、有名なブランド店も数多く入っているが、サイズとなると規格外の物はほとんど扱っておらず、試着室の鏡の前でため息をついたことも数知れない。
(いっそア◯ゾンで買うしかないのかしら……でもあれって履歴が残るし……)
実家暮らしの彼女があれこれ悩みながら、育ち過ぎた二つの肋骨の重しを恨めしげに見下ろした時、後ろから、「あれ〜、雫ちゃんじゃないの〜、奇遇だね〜」という、よく聴きなれた間の抜けた声が聞こえたため、現実に引き戻された。
「まさか本多先生ですか……って、ええええええええええ!?」
背後を振り返った雫は、あまりの衝撃に脳が破裂しそうになり、店内にもかかわらずつい悲鳴を上げてしまった。なんと、昨日までうざったいくらいにフサフサと繁っていた本多の頭には毛が一本も生えておらず、ヤカンのようにつるんとして、天井の蛍光灯の光を反射していた。
「いや〜、驚くのも当然だとは思うけど、いろいろあって、ちょっとイメチェンしちゃってね〜、お恥ずかしい。涼し過ぎるんで帽子を買いに来たってわけよ〜」
照れ臭そうに、右手でハゲ頭をペンペンと叩く本多に、天下の女性下着売り場を男一人でうろついているのは恥ずかしくないのかよ、と言いたくなった村井嬢だったが、一旦この人物に突っ込むと、際限なくボケまくるであろうことは先刻承知の助だったので、とりあえず一番疑問に感じたことだけを問うた。
「何故こんなところにいるんですか? 男性物のコーナーは四階ですよ、先生」
「まぁ、そこは後で行くつもりだけど、先にセレネ……おっと、知り合いの女性に、ついでに下着を買ってくるように頼まれちゃってさ〜」
「はぁっ!? どうしてその人は自分で買い物に行かないんですか?」
我慢できずに突っ込んでしまった雫だったが、すぐに後悔する羽目になった。
「ほら、確か『闇のパープル式部』じゃなかった『闇のパープルアイ』って漫画で、『男が女に服を送るのは脱がせるためだ』とか言ってたでしょ〜? それに一度自分で買ってみたかったんだよね〜。『ご自宅用ですか、それともプレゼント用ですか?』って店員さんが聞いてくれるのか、興味あってね〜」
「もういいです! 聞いた私が悪かったです!」
むくれてそっぽを向いた雫に対し、さすがにふざけ過ぎたと反省したのか、本多はすぐに言いつくろった。
「ごめんごめん、本当は今度出身医局の同門会で、一発芸をしなくちゃいけなくなったんで、ブラに石でも包んでグルグル回して、『ブラックジャック!』ってやってみようかと思い立ち、急遽買いに来たんだよ〜」
「そうですか……」
適当に相槌を打ちつつ、雫は考えることをやめた。はっきり言って頭を使うだけ時間とカロリーの無駄だし、風邪も悪化しそうだ。
「しっかし女性ものって結構いい値段するね〜。僕のトランクスなんか一枚五百円なのに……おっと」
財布の中身を確認していた本多が、中から白く輝くものがこぼれ落ちたので、慌てて手を伸ばして寸前でキャッチする。
「何ですか、今のは?」
これ以上関わり合いになるまいと決心したにもかかわらず、つい反射的に雫は聞いてしまった。なんとなく、この世界のものとは思えないような、不思議な煌めきを感じた気がした。
「これかい? これは財布に入れておくと金運が高まるすっごいマジックアイテムだよ〜。そういや貰ってからもうだいぶ経つね……」
本多は拾ったものを素早く財布にしまい込みながら、イージー・リスニングをバックミュージックに聞きながら、これを残していった奇妙な患者のことを思い返していた。
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