カルテ126 神話

 この世界は、原初は真っ白な果てしない虚空が広がっているだけであったという。


 今から五千年前、この空間に、突如五柱の神々がどこからともなく顕現した。彼らは、運命神カルフィーナ、慈愛神ライドラース、美神アイリーア、邪神デルモヴェート、最高神オメガシンといった。彼らは皆特殊な能力をその身に宿していたため、この何もない空間を住みよくしようと考え、まずは力を合わせて大地と空と海を造った。


 次に太陽と月と星々をカルフィーナが、湖や川をライドラースが、森や野原をアイリーアが、山脈や谷をデルモヴェートが、そしてその他諸々の地形をオメガシンが、それぞれ分担して造り、世界は徐々に豊穣となっていった。ただしまだ彼ら以外の動く物の姿がなかったため、世界造りが一段落したところで、彼らはまた集まり、協力して様々な動物や魔獣や亜人たちを生み出し、一番最後に人間を造った。


 その一大仕事が終わると、神々は各々好きな場所に居住を構え、それぞれの仕事をそこで執り行うこととした。


 運命神カルフィーナは因果律に縛られる者達の行動管理及びそれ以外の者達の監視を。


 慈愛神ライドラースは傷ついた者達の治療と慈しみや、農業の見守りを。


 美神アイリーアは絵画や音楽、文学などの美の伝授を。


 邪神デルモヴェートは罪を犯した哀れな者達や世間から弾かれた者達の保護を。


 最高神オメガシンは彼ら神々を束ね、統括し、彼らの仕事以外の全てを。


 彼らはそれぞれの身に備わった能力を駆使し、時には神官と呼ばれる信奉者に、その能力の一部を貸し与え、世界が順調に育っていくのを母親の如く見守り、滅びの危機から密かに救っていた。



「……っていうのが一応正しい最初の神話ってことになってるでひょ、ソリタ……じゃなひゃった、ソル」


 良く晴れた日の昼休み、符学院の大食堂で昼飯の黒パンをパクつきながら、亜麻色の髪の少女ことプリジスタは、隣りで豆スープを啜っている、やや赤味がかった髪の少年ことソル(偽名)に話しかけた。


「口の中いっぱいにしながらおしゃべりする癖よそうよ、プリジスタ……でも、『一応正しい』っていうけれど、他の説なんてあるの? 僕はそれしか知らないんだけれど」


「あたぼうよ! あんたみたいな山育ちの田舎者にはわからないでしょうけど、実はこの神話には、最も重要な神の存在が欠けているっていう学説もあんのよ」


 プリジスタは何とか口腔内の塊をゴクンと嚥下しながら、無知な生徒に高飛車な態度で教える教師の如く、講義をした。


「へえー、それは知らなかったけれど、なんていう名前の神様なの?」


「それがね、その神様の名前はあまりにも恐れ多くて、どこにも記録されていないらしいのよ。なんでもそいつはこの神話のもっともっと前からこの世界にいた、大本の神様らしくって、その男神だか女神だかわからない存在が、五柱の神々をこの世界に召還したって説があるの。実家にいた時、たまたま遊びに来ていたお父様のお友達の歴史学者から聞いたから、信憑性が高いわよ」


「どうやってそんなことがわかったんだろう?」


「あんたみたいな赤毛の孺子は知らないでしょうけど、このザイザル共和国の端っこにあるセフゾンの森の中には、忘れ去られた神の祠っていう遺跡があるらしいのよ。彼はまずそこを調べ、他にも似たような遺跡があるのを知って調査し、そこに刻まれた伝承などから突き詰めていったらしいわ。どうよ、凄いでしょう?」


 プリジスタは、自分が調べたわけでもないのに偉そうな調子で、得意げに語り続けた。


「赤毛はどうでもいいでしょ! まあ、確かにグルファストの方は、インヴェガ帝国に対する警戒で手一杯で、あまり歴史学とか考古学とか盛んじゃないけど……」


「あら、ごめんあそばせ。こちとらなんてったて学問の都ですからねー」


「でも、それじゃあ、その名無しの権兵衛神様は、今頃どこで何しているんだろう?」


 少年はスープを飲み終わると、思案するように眉根を寄せる。


「さあ、世界の事は他人に任せて、一人リゾートで羽でも伸ばしているんじゃないの?」


「んな無責任な……」


 その時、二人しか残っていない大食堂に、昼休み終了を知らせる護符師の鐘の音が、頭上から降り注いできた。


「げっ、もうこんな時間じゃないの! 私まだ食べ終わっていないのよ!」


「夢中で長話しなんかしているからだよ! やばい、カコージン先生に殺される!」


「あーん、リオナ、帰って来てよー! こんな時注意してくれたのにー! それに引き換え役立たずの駄山猿王子め!」


「僕のせいじゃないだろ!」


 二人は口喧嘩をしながら、後片付けもせずに脱兎の如く食堂を飛び出し、一目散に講義室目がけて駆けていった。


※次回更新は4日後の6月26日予定です!駄メデューサのお話です!では、また!

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